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2015年01月14日11:15

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近代の実態の片鱗を伺えるか。

エッセイを頼まれました。

ある、予算の少ない研究所が、企業回りをして、寄付を募らないといけない。
紀要だけだと、アッピールしないから、エッセイを書いてくれと。

条件を整理しました。
読み手は、中高年の男性。
経済や法の学部出身で、企業組織内で出世した人。
しかし、研究所の性格上、国史、国文の香りがしないと、マズイ。

まあ、グルメなどをまじえた、名所の紀行文が一番。
無報酬だから、新しい旅行をすると、持ち出しになります。
ということは、自動的に、三月に行く佐渡ということになります。

佐渡の特徴は、幾つかありますが、
上杉景勝の侵略まで、外部との大きな戦乱に巻き込まれなかったこと。
だから、鎌倉時代に守護に任じられた、本間氏が滅亡まで佐渡の支配者でした。佐渡の本間という姓は、韓国の金さんまで行かなくても、李さん以上の割合です。
私の父は、越後の海寄りですから、本間氏と関係があるかと思います。この私のルーツの話題は、複雑ですから、改めて語ります。

ここからもわかるように、
佐渡は、方々の地方の影響を受けました(海路での京都の影響や、相川金山絡みの江戸の影響、交易に絡んだ出羽の影響)が、しかし、強制的に変化させられた…という側面の少ない、安定したアマルガムでした。

例えば、能です。

院生のころ、能の単位をとりました。忙しいから、能なら何とかなろうと。専修分野の近代国文学の他は、能、歌舞伎、禅です。禅は、仏の慈悲を期待して(^^)

ある日、教授が休んだので、ドクターの先輩が、能のビデオを見せてくれました。ドクターの先輩、マスター三年の先輩、ぼく。
画面に映ったカットを見て、日頃、軽率な発言で定評がある、マスター三年の先輩は、「観客席の人が寝ているから、始まったばかりではなく、終わりだね。」と言って、大目玉を食らってました。ちなみに、彼は、修了後、ある女子高の古文の先生になりましたが、空気が読めないタイプです。生徒にバカにされ、しまいには、生理用品をバンバン投げつけられて、追い出されるように教職を去りました。
そういう人だけに、言うことに配慮というものがないので、鋭い発言が目立ちました。
確かに彼が言う通りです。
能は眠い。
古文がある程度読める人が、台本をよく読んだ上で、鑑賞しても、何を言っているのか聞き取れないから、眠くなる。

これはなぜだろう。
宮中の歌会始ですら、現代の発音、現代のイントネーションで和歌を詠みあげます。

能がそうではない理由は、いろいろありますが、
一つは近代以降に、靖国神社との関係を深めたからです。
「英霊」に奉納する…ということになれば、唸り声のようになって、当然。
大体、夢幻能などは、野原に亡霊が降り立つ…という設定ですから、能楽堂という建物の中で演じられること自体に疑問があります。
歌舞伎と比較するとよくわかりますが、
観世何某が何といおうと、現在の能のあり方には疑問があります。

佐渡の能舞台は、屋外のものが多いです。
また、家元の独占ではなく、地域のこどもたちも参加させるインターラクティブなあり方をしているそうです。

中央の政治状況と無関係な佐渡の能の発展を見てみたいと思います。

また、「方言周圏論」というものがあります(柳田国男『蝸牛考』)
ざっくりいうと、古い言葉や古い文化は、周縁(要するに僻遠の地)に残るということです。
その伝で言えば、本来のむかしの能が、佐渡に残る可能性もあります。
しかも、世阿弥の配流の地ですから、尚更でしょう。

もう一つ考えたいことがあります。
餅の食べ方です。
明らかに、京都の影響がありますが、京文化とも言い切れない、甘い汁粉。
出汁。アゴ出汁が著名であり、一見、関西のように思われますが、決めつけは禁物です。
たとえば、全国的に庶民の食卓には、スルメ出汁が行きわたっていたが、近代以降、かつおだしに変わったという事実もあります。カレーと同様に兵隊にとられた人が、上品なかつおだしを広めたのでしょう。
こういう偶然によっても変わります。アゴは西のモノと単純に考えることはできません。
系統を探る必要があっても、系統だけではだめだという複雑なあり方をしています。

まずは、
近代以前の京の食事を調べなければいけません。

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