(2月6日)
姫路から姫新線に乗るのは久しぶりである。前に来た時はキハ40の王国であったから。
今やキハ122・127の王国と化していると聞いている。その変遷にも想いを馳せながら
旅をしてみよう。
今日は月曜、世間では多忙なれば、乗客も多い。姫路は都会の駅であって、多くの
人と行き違う。今日は故あって、まだ切符を持っておらず、みどりの窓口で
乗車券を所望した。
姫路駅は高架化された。その時、姫新線も番線を変更しているが、こちらの感覚が
変わっていない。次の播磨新宮行が4番線から出るのを確認した。しかし、その
4番線が、どこから上がるものか、すぐには分からずドタバタとホームに上がった。
少し歩くと、2両の新型DCが停まっていた。よく見るとキハ122の4と5である。
キハ122は1両で運転できる両運転台の車両であるので連結部があるが、ヘッド
ライトが点灯していた。誤って連結部に乗った客が居たからなのだとか。
4番線は行き止まり式のホームである。前寄りの5の方に乗る。「21.1トランシス」と
外装に記載があったが乗ってみると、「09年トランシス」とネームがある。
運転士さんがやってきた。姫路鉄道部のKさんである。姫新線ではワンマン運転である。
ヘッドライトが点いたところで撮影。
キハ122はワンマン対応であるから運転席に座ったまま扉を開閉できる。
もっとも、今日も、なのかいつも、なのかは分からないが半自動と言って、
乗降客がボタンを押して扉を開閉しているのであるが。であるがK運転士は
車掌用の開閉スイッチに鍵を挿した。8時16分になった。扉の開閉ボタンが
消灯した。発車である。運転台の様子は、まるで京阪神新快速の223系のようである。
しかしエンジンの音が聞こえる。キハ122は、まぎれもなくディーゼルカーなのである。
「次は播磨高岡」と自動放送が流れる。K運転士は運転台の扉開閉スイッチを
「全車」から「自車」にする。高架を一気に下って列車は80キロに達する。
まもなく播磨高岡である。およそ富山県に高岡駅があるから旧国名を付けた
のであろうと思った。「自車」にした、と書いたが、播磨高岡は無人駅であるので、
運転士が切符を回収する。ゆえに後ろの車両であるキハ122-4の扉は開かない。
相当な数の乗客が下りる。定期券所持者も多い。8時20分30秒着21分発という
時間帯であるから通学客も少なくない。発車。「全車」に戻す。75でノッチオフ。
8時24分余部(よべ)に停車。この先に姫路鉄道部の車庫がある。余部始発または
終着の列車も設定されている。K運転士が話をしているが、あれは姫路鉄道部の
運転士なのであろう。ここで上下列車のすれ違いが行われる。到着して割合
すぐに対向の1892D列車が現れる。あちらも新型車両である。8時26分発車。
まもなく余部信号場に差し掛かる。この信号場は姫路鉄道部への分岐点として
設置された。姫路鉄道部は以前は姫路駅にあったが高架化工事が始まると当地へ
移転された。とは言っても姫路市内の移転ではある。制限95という標識が出る。
キハ40時代には考えられない標識である。しかも制限95と言う事は新型DCは
100キロを出せるのだ、と推定できる。余部信号場を8時28分に通過し、90キロに達する。
5キロ余裕を持たせたのは、続いて制限65という標識が出るからであった。
8時30分30秒太市に到着。ここも「自車」であり、K運転士は集札の為、席を立つ。
そして、おもむろにカーテンを下ろす。8時31分発車。丸山トンネルに入る。
思いの他長く、室内の灯りが前面に映る。トンネルを抜けて速度は80キロ。
本竜野に停車。山陽本線に竜野駅があるが、こちらの方が旧竜野市の中心に近い。
現在は市町村合併により、たつの市となった。旧竜野市は三木露風の故郷であり、
故に露風の代表作「赤とんぼ」に因み姫新線は朱色をラインカラーとしている。
8時38分発車。次の東觜崎(ひがしはしさき)は無人駅である。8時42分発車。
ここまで来ると、終点の播磨新宮も遠くはない。信号も「減速」や「注意」が出る。
制限45のポイントを渡って、8時47分播磨新宮駅2番線に到着。
ここも、たつの市であるが旧新宮町である。
播磨新宮は2面3線と比較的大きな駅である。同一ホームの向かいに今回の
目的の車両が停まっていた。
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