明治以降、嗜好品としての飲み物のバリエーションが増えました。
コーヒーなどは、原材料が国内になかったものですから、なぜ明治以降一般化したかは説明の必要がありません。貿易によって材料が入ってくるようになったからです。
また、ジュース類が発達したのは、瓶詰などの保存方法の発達によるものです。
ところが、近世後期(化政期)以降、外国の影響などを受けて新たな飲み物が開発されました。その代表は、ポン酢です。
写真は無窮会の書庫から発見したものです。アラキという南蛮の酒と橙の絞り汁と白糖をひと煮立ちさせて作るそうです。冷まして飲むとありますから、完全に清涼飲料水です。
ところが、化政期の書物は部数が少なかったので、ポン酢は避暑の飲み物としては残らず、いつの間にかタレとして使われるようになりました。
また、衣関順庵の
築田多吉という人がいます。
大日本帝国海軍の看護特務大尉を務めた人です。男性看護師は抑制的であり、本分を守り余計なことをしない人が多いですが、この方は、今までなかったことをやろうとしました。
民間療法の発掘です。
梅エキスと卵油は後に事業化しますが、彼の宣伝に負うところが大きいでしょう。
彼の場合、
『家庭に於ける実際的看護の秘訣』というベストセラーを持っていたからです。
書物の力は恐ろしいです。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1069938/1/4
をみると、ずいぶん怪しげなことが書いてありますが、読まれて受け入れられました。
梅エキスは、吐き気や食あたりなどの民間療法でしょう。
吐き気や食あたりなどは、庶民の生活の延長にあったものですが、当時の独特の問題として船員の壊血病がありました。
まだ、原因がビタミンCの欠乏とわかる前の19世紀から、アメリカの軍艦にはレモネードが積まれていました。
ペリーがお土産にし艦上でふるまったものが、最初です。
うまかったので、明治元年には横浜にラムネ工場ができたそうです。
(長崎からきゅうり瓶という炭酸が抜けないようにした瓶が出土したそうです。もし、中身がレモネードだとしたら、こちらが早期だということになります。)
カレーは十年で日本の津々浦々まで広がりました。
軍務や航海は、急速に日本の食生活を変えていきました。
ラムネもその一つです。
ログインしてコメントを確認・投稿する