たとえば、ハウスバーモントカレーは、
https://housefoods.jp/products/special/vmt/story.html
という誕生秘話があります。
辛い大人のカレーを、子どもも含めて万人が食べられるようにしたのですね。
「甘いカレーなんて売れるはずがない」
という販売店の反発があったといいます。
一言でいうと、ボーダレスですが、
逆のボーダレス、つまり家庭料理から料亭料理への上陸もありました。
代表格が、北大路魯山人です。邪道とされた、とろろそばという庶民の家庭料理を発掘したり、納豆や卵かけご飯、握り寿司の軍艦巻きなど、料亭では一般的ではなかった庶民の食い方の提案がありました。
その結果、
1 包丁人の流派がなくなった。
流派はなく、あるのは協会です。
2 下魚という概念が薄らいだ。
ちょっと前まで、格式のある店では、鯛や平目を出しても、イワシやサンマは出しませんでした。その区別が薄らぎました。
3 客を社会的地位などで選別しなくなった。
学生の美食家もいます。中には、バイト代をつぎ込んでいる人もいます(かつての自分)
1〜3は、見方を変えると、今までは中央集権的だったということになると思います。
客は、東京の旦那衆
貝は、鳥貝が一番。それに、お造りは、マグロの赤身と鯛と車エビ。
そうではなく、東京や京都では食べられなかったものの中に、うまいもんが無限にあるという現実に気が付いていったのが、近代だと思います。
未利用魚という言葉があります。
もっとも、ぼうずコンニャクさんによれば、利用されているが無知だからそれを知らずにこの言葉を使っているケースが多いそうですが、そのぼうずコンニャクさんが究極の美味としている魚には、確かに普通は食べられていないものが多いです。低利用魚とよぶべきでしょうか。
カゴカキダイ、コブダイ、マチ、ブドウエビ、オナガ、キジハタ…
これから魚が取れなくなりますから、
そういうものの利用を考えていかなければなりませんが、
地方文化やニッチな場面での利用方法を掬い上げる必要があります。
たとえば、戦前生まれの人の中には、モツ焼きや煮込みを軽蔑する人がいます。下層階級のものだというイメージがあるからでしょうが、地方の細民が隠れて食べていたようなものに目を向けるということも、含まれます。
有名なサイトですが。
https://www.zukan-bouz.com/
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