こういう題名にしても産婦人科医以外はピンとこないだろうなぁ。
産婦人科医でも15年いや20年以上やってないと知らないかも。
根津先生は長野県にある根津マタニティクリニック院長。
不妊治療で生まれた日本最初の赤ちゃんは我が母校でワシが学生時代に誕生。
そこから日本全国あちこちで「本格的な不妊治療」がスタートしたわけだが、
最初はもちろん「最新分野」であるゆえの解決できない問題が続出した。
‥問題続出しても治療自体、研究自体は滞ることなく今日に至るので
そこはすごいと思うんだけどね。
で、その「問題」のひとつに「多胎」があった。
複数の赤ん坊が子宮にできてしまうこと。
排卵数のコントロールがうまくできない(ほとんどできない、だな)技術の未熟さゆえ。
たくさん排卵したら冷凍してとっておくのが今の常識であるが、
当時は卵の冷凍技術もまだ完成されてなかった。
「たくさん排卵」させることで「卵巣過剰刺激症候群」という状態になり、
これは悪化すると命に関わる。
ワシの大学勤務時代はこの状態の患者の腹水を抜いて濾過して点滴で戻す治療を
一生懸命やってたよ。
できてしまった多胎については見守る以外に方法はなく、
みつご以上の場合は子宮が伸びることができなくなって、
初期にあっという間に流産してしまうのも見てきた。
根津先生は多胎患者に対して「減胎治療」を日本ではじめてやったお医者だ。
海外ではすでに報告があったが、日本で行う人はいなかった。
‥堕胎罪の縛りがどこまで適応されるもんか法律的な議論が全くなかったので。
他人の卵子で作った受精卵で不妊治療を行っていることを
堂々と公表したひとりめのお医者でもある。
慶應大学による第三者提供精子による不妊治療はすでに行われており、
なぜ卵子提供はダメか?は全く議論されずに放置されていた。
根津先生は引退を決意し、来年からは不妊外来を閉鎖してお産と婦人科のみとする。
自分がやってきたことが日本の産婦人科世界に何も波風を立てなかったから。
一時的にはたったけど、その後全く続かなかったから。
いろいろ書きたいことがあるけど、今は「ご苦労さまでした」と言いたい。
根津先生のおかげで助かった(子を得た、自分や子の命が助かったなど)患者は
たくさんいると思います。
追記;
根津先生がはじめて減胎手術を行ったのは1986年。
2025年7月に大阪大学が「減胎手術」を行っていくと公表した。
これまでは非公式に様々なクリニックで行われてきたことがわかっている。
法律的には人工妊娠中絶術と同じ扱いで自費診療である。
2000年に厚生労働省は、多胎による母体の命、健康の危険がある場合には
違法ではないとしているが、人工妊娠中絶と区別するような法整備は行われていない。
減胎の方法や手技に関してもまだ統一基準はない。
近年では排卵誘発技術や受精卵冷凍技術の進歩により、
単一排卵で治療を行う(偶然の受精卵分裂以外では多胎にならない)ことが可能になり、
多排卵の場合はいったん次回月経を起こして卵巣の炎症を抑え、
別月経周期で冷凍してあった受精卵移植を行うことで過剰刺激を避けることが可能。
技術の進歩が根津先生に追いついたかっこうであり、
これもまた悪いことではないと考える。
卵子提供については、海外での卵子提供をうけることが
以前に比べれば容易にできる状況(費用、安全面で)になっており、
2020年には「卵子の提供者でなく妊娠、分娩した女性が母」であるという
法律も整備された。
ちなみに日本国内で親族から卵子提供を受ける治療については野放しである。
子が自分の出自を知る権利に関しては議論が進んでいない。
(精子提供の場合は「提供者の記録を残す」ことが義務化された)
(子は知りたいと思えば提供者の情報を受けることができる)
追記2;
排卵誘発してできた多胎ははっきり言えば不妊症医者の大失敗。「無事に育った5つ子ちゃん」のほほえましいニュースは日本全国であったけど悲惨な結果になった多胎妊娠はものすごく多い。親は「自分が妊娠したがった結果」と思って黙っている。「5つ子ちゃん」と聞くたびに不妊症医者(当時)として恥ずかしく悲しかった
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