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2026年02月21日07:40

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パヴェーゼ『美しい夏』と、トーヨコキッズ 特選

■「色恋営業」で行政処分=ホスト逮捕の店、全国初―都公安委
(時事通信社 - 02月20日 12:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8678498

各種の報道によると、売春してまでホストを推したい…という少女たちは、家庭にも居場所がない子たちだという。もちろん、二十代の人もいるだろうが、以下、便宜上、そういう被害者を「少女たち」とする。

知性(後天的に作るという要素が強い)がかなりないと、触れたものを分節して認識できない。

少女たちから見て「いい人」には、
カッコいい、ブランド品を身に着けている、私のことを受け入れてくれる、優しい、頭がいい、教養がある…
などいろいろな面があるが、たとえば自分を受け入れてくれる人を好きになるとすべてがよく見えて、そいつのために売春までして尽くすのが当然になるということだろう。

自分のことを受け入れてくれたいという気持ち。
私の経験からいうと、レベルの高い集団に入らないと満たされない。
レベルの高いところでは、嫉妬などによる足の引っ張り合いも少ないし、異質なものを広く認めるからだ。

中学時代に嫌な奴や嫌な教師がいて、勉強ができたにもかかわらず学校がいやだったが、
高校(村一番の秀才が集まっているような、地方の進学校。具体的には、新潟県立長岡高校)は、おもしろかった。しかもコロッと面白いものに変わったところが印象的だ。

仕事も、アルバイトした塾は、学歴自慢のジジイや、自分を美女だと自惚れているやたら攻撃的なお嬢だとか、本当に碌なのがいなかった。大手予備校とは大違いだ。

高校の職員室はいるだけで苦痛だったが、大学教員業は、大学の門をくぐるだけで楽しい。

…ところで…

よく、居場所は、「人間関係だ」と言われます。
それは半分当たっていて、半分は外れているように思います。
人間関係がなくても、伸び伸びとした楽しい場の感じ。それは、個々の人間の力ではどうにも作りようのないものなのではないでしょうか。個人の人間関係ではなく、社会的なものだからです。
空気の澱みは、個人の善悪や倫理とは無関係のものでしょう。

ただし、
新駅に「高輪ゲートウエイ」という変な名をつけた、制度の善悪。大人たちの独りよがりでダサい感受性とは大いに関係があります。

だから、
少女たちを騙して金を吸い上げたホストらが悪いのは当然ですが、
その前に澱んでいて息が詰まり、家出するしかないような場を作り上げた社会全体の責任でしょう。

家出してたどり着く盛り場はきらびやかです。
相互に干渉せず今を楽しもうとする都会だから、みんな、好きなように振舞う。
しかも、それが許される。

背後で薬や売春があっても、暴力団が仕切っていても、あの解放感を彼女たちは求めているのでしょうね。

そういう状況を活写した名作、
パヴェーゼ『美しい夏』は、小学校を出てすぐに工場で働かなければならないような、貧しく若い女性たちの物語です。

【…あのころは、いつもお祭りだった。通りを過ぎればすぐに熱狂できたし、あらゆるものが本当に輝いていて、疲れ果てて家に帰っても、何か起こればいいのに。火事になればいいのに、近所に赤ん坊が生まれないかしら、いっそのこと、突然、夜が明けてみんなが外に出てくればいいのに。特に夜はそうだったから…】

彼女たちの体験を作者は、
「あの、決定的に美しい夏」
と述べています。

最初に読んだときは、若い女性の青春の物語だとおもっていましたが、居場所という社会問題の物語だったのかと思います。
(「決定的に美しい夏」とは、表面的には性体験のことですが、精神的な自立を含意します。↑の引用は、自立して落ち着いた人生を送る大人の女性の回想でしょうが、誰の語りか最後まで明らかになりません)
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