『28日後…』『28週後…』『28年後…』に続くシリーズ第4弾。前3作が世界観こそ同じだが、まったく別のストーリーとして作られていたのに対し、『28年後…』は三部作のシリーズとして作られているため、本作は『28年後…』からダイレクトに話が繋がっている。
その『28年後…』は、前作『28週後…』から18年もの時を経て登場した続編、しかもダニー・ボイルが監督復帰ということで期待したものの、前2作よりもかなり落ちる凡作だった。深遠なテーマはあるのだが、それがダニー・ボイルのトリッキーな演出と噛み合わず、アレックス・ガーランドの脚本もいろいろな要素を詰め込み過ぎていた。このシリーズもさすがにオワコンかと思ったが、ラストが思いきり次作に繋がるクリフハンガー的な終わり方なので、あそこで終わりにするわけにもいかず、一応見てみるかと劇場に足を運んだ次第だ。
非常に驚いた。前作よりもはるかに良い。ゾンビホラーとしての面白さでは最初の2作に及ばないが、それとはまったく違うフェーズにシリーズを移行させる作品になっている。プレデータシリーズにおける『プレデター:バッドランド』のような位置づけと言えばいいだろうか。
世界観はこれまでの3作を受け継いでいるし、まぎれもないホラーではある。しかし本作の最大のポイントは「ゾンビ(レイジウイルスの感染者)よりも人間の方がはるかに怖い」という点だ。そのような内容なので、見ていて何よりも想起したのは、漫画版『デビルマン』の後半だ。
実際今回は「悪魔とは何か」が大きなテーマになっている。そして「悪魔=人に恐怖を与え狂気と暴走に追いやるもの」の正体は「実在しないものを実在すると盲信する心」であることが暗示される。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の試写会に登壇したアレックス・ガーランドは、トランプの再選は絶対に阻止すべきだと明言していたので、このテーマを、今の世の中に溢れる反知性主義へのアンチテーゼと受け取っても、うがった見方ではあるまい。
物語の主軸となるのは、前作に登場したケルソン医師とジミー。ケルソンが光を、ジミーが闇を象徴する。キリスト教のモチーフが全編に色濃く散りばめられているが、物語を基盤はもっと原始的な光と影の二元論であり、どこかゾロアスター教的でもある。それを考えると、今回あれほど「火」が重要なモチーフになっていることにも納得がいく。
こうしてみると、『28年後…』があまり面白くなかったのは、三部作の導入部に過ぎなかったからだということも分かってくる。前作で提示されたものの、今ひとつしっくり来なかった数多くの要素が、この続編で面白いように腑に落ちていく。中でもケルソンとアルファ(サムソン)の関係が、あんな形で発展し、シリーズの根幹に触れるものになると、誰が予想しただろうか。
本作も前作と同様、次作へとつながる終わり方をしているが、その終盤がシリーズを最初から見ている人なら、思わず息を呑むようなもの。レイジウイルスに感染した人々の凶暴化という設定で紡がれてきたゾンビホラーのシリーズは、この『白骨の神殿』によって、壮大なサーガとしての姿を現した。シリーズの完結編として、巨大な円環が閉じることになる次作の完成が待ち遠しい。
新鋭ニア・ダコスタの演出は、ダニー・ボイルのようなトリッキーさとは一線を画した、ドラマをじっくりと見せるスタイル。全体のテンポが若干遅く、あと5分くらい短くする感じでスピードアップしていればさらに良かったが、絵画的な絵作りや、ロングとアップの切り替え、そしてダニー・ボイルとは一味も二味も違う音楽の使い方など、及第点をはるかに超えている。
俳優では、何と言ってもレイフ・ファインズだ。昨年の『教皇選挙』と言い、60代にして、彼は俳優として新たな絶頂期に入ったのでは。全裸まで披露しているのも凄い。
それにしても既製曲の使い方が素晴らしい。意外性のデュラン・デュラン、厭世観そのもののレディオヘッドもいいが、やはりアイアン・メイデンに尽きる! それまでのシリアスさとあまりにかけ離れた展開に声を上げて笑ってしまう、歴史的名シーンだ。『ウェインズ・ワールド』における「ボヘミアン・ラプソディ」の使用を超えると言っていい。曲のイメージを裏切るような使い方ではなく、むしろそのイメージに忠実に徹したことから生まれる笑いと批評性。もしあなたがアイアン・メイデンを好きなら問答無用。四の五の言わず、必ずこの映画を見るべし。もはやファンとしての義務である。あのシーンを見た後でポスターを見直すと、またジワジワと笑いと哀しみがこみ上げてくる。
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