「ピンク・フロイド - The Dark Side Of The Moon」
(コニカミノルタプラネタリアTOKYO DOME1)
ピンク・フロイドの歴史的名盤『狂気』The Dark Side Of The Moonの50周年記念の一環として作られた天球スクリーン用映像作品。音楽は純粋に『狂気』の音源を流すのみで、それに合わせたイメージ映像がドームいっぱいに広がる。
これが予想を超えて、とてつもないものだった。
音の迫力は言うまでもないが、その前に見た「クイーン - QUEEN -HEAVEN-」と比較すると、映像作品としての出来が桁違いである。それまで2Dのシネスコ映画くらいしか見たことがなかった人間が、いきなり3D/HFR映画をIMAXで見せられて仰天したような違いだ。
「プラネタリウムのドームで流すためのイメージ映像はこのように作るものだ」というお手本のようだ。とにかく天球スクリーンの使い方が上手すぎる。何よりも驚異的なのは、3Dではないのに3Dよりも3Dらしいこと。そこにあるのが湾曲した画面ではなく、紛れもない「空間」になっている。その状況において、「鑑賞」は、完全なる「体験」と化す。
映像の美学的イメージで特筆に値するのは「幾何学模様の運動」だ。メインとなるのは『狂気』のシンボルであるピラミッド、つまり四角錐。それが、さまざまな円や四角、直線や曲線などと混じり合う様子は、最も非人間的で抽象化されたシンボルであるにも関わらず、異次元のエロティシズムさえ感じさせる。
ただし、一部に批判的な意見があった理由もよく理解できた。
ご存知の通り『狂気』の歌詞は人間的・精神的・社会的メッセージに満ちたものであり、その豊かな物語性が、今聞いても1ミリも古くなっていない高度な音楽性と一致したことで、あれほど化け物的な売り上げを誇る名盤となったのだ。
しかしこの映像にそのようなメッセージや物語性はまったく存在しない。「イメージ映像」以上でも以下でもなく、真面目に歌詞について思いを巡らせると、「いや、その歌詞とこの映像はまるで関係ないでしょう」というところだらけだ。生真面目なファンが眉をしかめるのも仕方ない。
だが私は、その割り切り方にむしろ清々しさを感じた。中途半端に歌詞の世界を映像化するような色気を見せず、徹頭徹尾「音楽に対して美学的にマッチした映像」だけを流す。しかもその完成度が半端なく、映像と音の凄まじい情報量に感覚が麻痺してしまうほどなので、ここにさらに歌詞の物語性が入ってきたら、完全にキャパオーバーになっていたはずだ。
本作の素晴らしさは、物語性やメッセージ性をストイックに切り捨て、官能的とさえ言える美学の追求に振り切ったことにある。音楽と映像の融合という点において、これは1つの極北と言っていいだろう。ピンク・フロイドは昔から「音楽によるサイケデリックなドラッグ体験」といった語られ方をすることがあるが、これはその完成形だ。
肝心なのは、本作を他の形式、例えば普通の2Dスクリーンで見ても、ましてやパソコンの画面などで見ても、これほどの感動は得られないということだ。あのプラネタリウムのドームの中だけで成立する「体験」は、これまでの人生で何千本もの映画を見てきた私にとってさえ、別次元のものだった。
ピンク・フロイドのファンはもちろん、未知の映像体験に興味がある人で、先述の通り「映像に物語やメッセージは一切なく、美学的追求だけに徹している」という点を了承できる人なら、一度見て損はないだろう。むしろ「歌詞を知っていても、ちょっと脳の回路を切れば、英語を純粋に音として聴くことが可能な日本人」の方が、本作を楽しむことができるのでは。
よほどのドル箱なのか、繰り返し上映されているので、今回の上映中に行くかどうかは分からないが、数か月後にやったら、また必ず見に行くと思う。
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