明治以前は、料理しないのが料理でした。
写真は、織田信長が徳川家康を饗応した本膳料理
三鳥五魚が供されています。
三鳥とは、鶴、雉、雁
五魚とは、コイ・タイ・スズキ・カレイ・フカ。
盛り付けて、生姜酢や蓼酢などを掛けたようです。(『四條流庖丁書』江戸時代の文献。後世の書だから、合っている保証はありません)
また、天正十年の安土お献立は、下で解説されています。
https://kaigo-postseven.com/124424
刺身、煮る、焼く程度。
それが、料理するのが当然になるのが、近代以降です。特に、近代以降は、庶民にも料理が入り込むようになりました。
では、昔の料理が芸がないものであるかというと、そうではありません。
五魚などは、取り合わせがすごいですね。酢や塩、蓼などの少しの薬味で食ってインパクトがあるのは、この五種類でしょう。
ゴテゴテしていないからこそ味わえる、素材そのものの美味ですし、素材の癖を活かしています。
鳥のスープを思い出しました。
本当にうまい鶏スープは、水炊きのようなものです。
ラーメンではありません。
しかし、ラーメンが好きだという人もいます。
好き好きですが、ラーメンのような工夫は近代に発達しました。
ただし、昔のラーメンは日本で発達したものらしく、素材の味を生かしたものですね。
今のラーメンが味が濃く(塩味ではなくエキス分が濃い)複雑なのは、一時、味が薄くなったことの反動だと思います。
鳥がショボくなった、本格的な中華料理店から分派した街中華が増殖し、価格を抑えた…
戦中から高度成長期の特徴でしょう。
ところが、昔の作り方でも材料をケチらなければ、とてもうまいものができます。
1 爪を切って血抜きしたもみじ(鳥の足)と、ネギの青いところ、ニンニク、ショウガでスープを作る。
もみじは、一人前、大五本。
(今でも、1g0.5円程度で買えます。)
2 1にチャーシューを入れて、10分煮て、取り出し、醤油を塗って焼く。
3 タレは生醤油を使う。
これだけです。
また、小学生のころ食べたいとこのラーメンも印象的です。
伯父がデパート(上越市。もう廃業です)をやっていて、上の階の食堂のコックさんがいなくなったことがありました。病気でしょうか。当時、早稲田大学の学生だったいとこが、夏の間帰省して、らーめんだけを出していました。
鶏がらでスープを取り、チャーシューを醤油で煮る。その煮汁をたれにする。
信じられないほどうまかったです。
いとこからレシピを聞きだした母は、長岡に帰ってかららーめんばかり作っていました。
近代風の手をかけた料理から逆方向に梶を切ってもいいかもしれません。
そうすると、
らーめんの、いわゆる「千円の壁」は気にせずに済むかもしれません。
ログインしてコメントを確認・投稿する