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2025年08月28日23:36

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アゼルバイジャンとアルメニアの係争地ナゴルノ・カラバフ問題が決着する。両国が和平合意に至る 2025年ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第2章 宿敵アゼルバイジャンとアルメニアの和解

   <2025年 ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第12回>

 ロシア軍とウクライナ軍の和平へ向けて、世界に影響力を持つ米国のトランプ大統領が動き出した。将来的にノーベル平和賞の受賞を見据えて、外交問題や人権問題に着手する。第12回の第1章では、西欧諸国からヨーロッパ最後の独裁者と呼ばれるルカシェンコ大統領が31年間居座るベラルーシ問題を追及した。トランプ大統領は、ウクライナに寄り添うケロッグ特使を派遣して、政治犯の釈放を働きかける。両国の取引内容は伏せられているものの、ベラルーシは説得に応じて、一定数身柄を解放した。

 次に取り組むのは、旧ソヴィエト連邦時代の1988年から続くアゼルバイジャンとアルメニアの係争地「ナゴルノ・カラバフ」問題である。京都府ほどの広さの同地域は、天然資源は乏しいものの、両国において地政学的に重要だった。今回トランプ大統領が主催した2025年8月8日の和平へ至るプロセスまで辿っていく。

第12回 第1章 ベラルーシの強健体制 言論の自由を奪うルカシェンコ大統領
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以下 (4)アゼルバイジャンとロシアの間に亀裂が走る 関連日記

2025年2月13日付 2025年ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第1回 第4章外交関係より
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 第2章 ナゴルノ・カラバフ地区をめぐり、アルメニアとアゼルバイジャンの和解

 目次
(1)ナゴルノ・カラバフ紛争とは
(2) ロシアが主催した2020年の停戦協定による取り決め
(3) アルメニア政府は方向性を大きく変える
(4)アゼルバイジャンとロシアの間に亀裂が走る
(5) アルメニアは宿敵アゼルバイジャンと和平合意に向う

 過去のナゴルノ・カラバフ紛争関連の日記

・2022年4月3日付 紛争の最中のフットボール ナゴルノ・カラバフ紛争 アゼルバイジャンとアルメニアのサッカー事情 その他サッカー琉球代表
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981982200&owner_id=32437106

・2021年11月10日付 ナゴルノ・カラバフ紛争停戦合意1年、アルメニアとアゼルバイジャンの歴史(前編)1922年のトルコ革命と共に1991年のソビエト崩壊を振り返る 
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980818604&owner_id=32437106

・2021年12月25日付 ソ連崩壊30年目の日、ナゴルノ・カラバフ紛争停戦合意1年、アルメニアとアゼルバイジャンの歴史(後編)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981181201&owner_id=32437106

 (1)ナゴルノ・カラバフ紛争とは

米ロ首脳会談の日程が決まった今、もう一つトランプ大統領には、世界秩序の維持に向けて、大きな役割を任されていた。8月8日に、米国のホワイトハウスに、アゼルバイジャンのアリエフ大統領とアルメニアのパシニャン首相が招待された。両国は、ソ連時代を跨ぎ、京都府程の広さの山岳地帯ナゴルノ・カラバフを巡って、2度に渡り紛争していた。202
0年まで人口15万、平均標高1100mの山岳地帯である。1度目の争いは、旧ソ連時代を跨ぎ、1988年から1994年まで6年に跨る。各都市にて、両勢力の間で散発的に武力衝突が起きていた。後に「一次紛争」と呼ぶ。1994年にOSCEミンスク・グループ(ロシア、米国、フランス共同議長)の仲介で停戦が成立した。死者1万7000人、難民100万人に上ったとみられる。当時はロシアの初代エリツィン大統領が、アルメニアに協力姿勢を示していた。戦闘の結果、アルメニアが勝利し、支配権を手に入れる。戦況が優勢に立った1991年9月2日に、アルメニア人による政府「アルツァフ共和国」が独立宣言をした。国連からは認められず、アルメニアのみ国家承認している。国際的にはアゼルバイジャン領と認定されながら、アルツァフ共和国を名乗るアルメニア人の政府が実効支配していた。宗教や人種が異なる両国は歩み寄れなかった。本国の人口303万(2024年時点)のアルメニアは、人口の98,5%がアルメニア人である。そのほとんどが、イエス・キリストの単性説を信じるアルメニア使途教会を信仰する。対して本国の人口1020万(2024年時点)のアゼルバイジャンは、人口の91,6%がトルコ系アゼル人だった。宗教はイスラム教が9割以上、そのうちシーア派とスンニー派の割合は、6,5対3,5といわれている。コロナ禍の2020年9月27日から11月10日まで1ヵ月半に渡った「二次紛争」にて、運命が大きく変わった。トルコの後ろ盾を得て、イスラエル製の武器を所有するアゼルバイジャン軍が、アルメニア軍を圧倒した。ロシアの仲介により停戦合意に至った。

写真=第2次ナゴルノ・カラバフ紛争の構図 掲載元 朝腸薬局since 1956 2023年9月22日付 https://www.cho-yo-yakkyoku.co.jp/pages/1?detail=1&b_id=64&r_id=1460
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アゼルバイジャン軍の実行支配地域が、そのまま認められたのである。首都ステパナケルトには、当時アルツァフ共和国の政府が存在していた。アルメニア本土とナゴルノの首都ステパナケルトを結ぶラチン回廊には、ロシア軍が2000人体制で警備に当たる。アルメニア側の主張は受け入れられず、屈服した形になった。


  (2) ロシアが主催した停戦協定による取り決め

両国の間では緊張状態が続いていた。きっかけは、2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻にある。ラチン回廊の警備隊からもウクライナへ派遣されたことにより、両軍の間で散発的に争いが起きた。

写真=ラチン回廊について 掲載元 航空万能論 2023年3月27日付
https://grandfleet.info/european-region/on-the-105th-day-of-the-blockade-of-the-rachin-corridor-the-russian-army-demands-that-the-azeri-army-which-has-violated-the-ceasefire-withdraw/
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2022年12月12日のことである。環境活動家を名乗るアゼルバイジャン人の団体が、鉱山の違法採掘により、汚染されていると訴えて、ラチン回廊を占拠した。ナゴルノ・カラバフ地区内のアルメニア人は、本国から回廊を通して運ばれる物資に頼っている。封鎖を受けて、生活が行き詰った。アルメニアは、軍隊の力を借りて、ラチン回廊を迂回して、ナゴルノ・カラバフのアルメニア人居住区へのアクセスを試みた。翌2023年3月、2020年11月10日の第2次紛争の協定に反して、回廊沿いのアルメニア人居住区をアゼルバイジャン軍が支配し、必然的に武力衝突が起きた。4月23日に、アゼルバイジャン軍は、環境活動団体の解散と引き換えに、検問所を設置する。ナゴルノ地区のアルメニア人は、孤立を深め、物資不足が深刻化したのである。国際赤十字が救出を試みるものの、アゼルバイジャン軍に妨害されたと訴えた。一方仲裁国のロシアは、ウクライナの軍事作戦に兵員を割いたことで、不干渉だった。

 

軍事作戦開始当初、ロシアは西側諸国の支援を受けるウクライナ軍から予想以上に手痛い反撃にあい、実行支配地域からの退却を余儀なくされていた。ナゴルノ・カラバフ地区で争いが起こっても、仲裁に入る余裕がなかったのである。代わりにアメリカやEUが両国の間で話し合いの場を提供してきた。軍事力ではアゼルバイジャンが圧倒する中、アルメニアのパシニャン首相は、領土喪失は受け入れがたい。解決策がないまま、引きずっていた。アルメニアは、ロシアを中心とする軍事同盟CSTOに加盟するものの、助けを得られなかった。NATOのように集団防衛を定めたCSTOは、加盟国が攻撃を受けると、救出義務を負う。ロシアの解釈によれば、アルメニア本土の防衛義務は確かにある。国際的にアゼルバイジャン領と認定されているナゴルノ・カラバフ地区は、対象外と主張していた。

迷走するアルメニア側の態度を見越して、アゼルバイジャンのアリエフ大統領は大胆な作戦に出る。2023年9月19日に、アルメニア軍の意表を突き、「対テロ作戦」を唐突に発表した。アルメニアの実行支配地域を襲撃して、武力制圧を試みる。翌9月20日午後1時に、「作戦完了」を宣言した。一連の衝突で民間人2人を含め、27人が死亡したとされる。9月28日、アゼルバイジャン軍は、首都ステパナケルトのアルツァフ共和国の政府に対して、武力をちらつかせて、屈服させた。2023年9月10日に第5代大統領として就任したばかりのサンベル・シャフラマニャン氏は、2024年1月1日までに政府を解体するとの文章に署名する。従って、ナゴルノ・カラバフ地区は、アゼルバイジャン軍が掌握したことになる。
2023年10月15日、アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、1988年から続いた紛争において勝利宣言の意味合いをこめて、ナゴルノ・カラバフの各地を訪れた。首都ハンケンディ(アルメニア語でステパナケルト)にて、アゼルバイジャン国旗を称揚する。式典の演説にも臨んだ。「20年前の大統領就任(西暦2003年に父から受け継ぐ)後、占領された土地の開放を目指してきた。歴史出的な出来事だ」と高揚感を高めた。

 写真=国旗を称揚するアリエフ大統領 出展:アゼルバイジャン大統領府提供 ロイター通信 掲載元 日経新聞 2023年10月16日16時52分付け 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB166QH0W3A011C2000000/
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 アゼルバイジャンが力による論理で、国境を変えたことになる。ロシアのプーチン大統領と同じく、強権的な手法で、メディアを統制し、国民の反戦感情を押しつぶす。コロナ禍により国民の不満が募る中、2020年9月27日に、突如軍事作戦を決行して、実行支配地域を広げた。軍事力を誇示することで、決断力に富んだ大統領とアピールする。20224年2月7日に、大統領選挙が行われ、5選を果たした。

なおアルツァフ共和国の政府は、完全に存続を諦めたわけではない。シャフラマニャン大統領は、12月22日に大統領を撤回し、アルメニア本土の首都エレバンに逃れ、駐在官事務所に拠点を構えて活動する。

写真=シャフラマニャン大統領 掲載元 namwiki より
https://ja.namu.wiki/w/%EC%82%BC%EB%B2%A8%20%EC%83%A4%ED%9D%90%EB%9D%BC%EB%A7%88%EB%83%94
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ただしアルメニア政府は、亡命政府として受け入れていない。2025年5月21日に大統領を退任している。各政党は候補を出せず、第6代目、大統領代行としてアショット・ダニエリアン氏が指揮をとることになる。なお政府として機能していない以上、役割は定まっていない。ナゴルノ・カラバフに存在したアルツァフ共和国の政府は事実上活動停止状態だった。

      (3)アルメニア政府は方向性を大きく変える

 小国のアルメニアが、主権を維持するには、大国の後ろ盾が欠かせない。ロシアが頼りにならないと判断すれば、西欧へと舵を切る。

 その一環として、2023年10月3日に、アルメニア議会は、国際刑事裁判所(ICC)の加盟に向けて、ローマ規定を批准した。ICCに加盟することにより、戦争犯罪の容疑者を逮捕する義務を負う。同2023年3月17日に、ウクライナの子供をロシアへの連れ去りを指示した誘拐罪の容疑で、ロシアのプーチン大統領に逮捕状を出していた。アルメニアは、加盟国に加わることにより、プーチン大統領の身柄を拘束する義務が発生する。まさにロシアに対する敵対行為だった。ローマ規定には、2025年1月8日現在、125か国が批准又は加入している。アルメニアは2024年2月1日に加盟した。


一方、ウクライナでの軍事作戦について、ロシア軍は、長期化に伴い、戦況を有利な状況に進める。外交関係においては、影響力の低下は避けられない。軍事同盟CSTOでは、既にアルメニアが実質参加を停止している。2024年6月12日には、脱退を名言した。次にアルメニア議会は、2025年1月9日に、EU加盟に向けた交渉の手続きを開始する法案を採択した。同国は旧ソ連から成るユーラシア経済同盟(EAEU)の加盟国。EUに加盟申請するうえで、EAEUと共に、CIS(独立国家共同体)と、CSTOの脱退が求められる。パシニャン首相は、手続きを踏むため、国民投票にかける必要性を説いた。日時については具体的に示していない。

 詳細 アルメニア議会のEU加盟へ向けた法手続き Reuters 2025年1月10日午後1時付https://jp.reuters.com/world/russia/B5R2S2TH2BJCPO5QETAK3EDHBE-2025-01-10/

2025年1月14日付、アルメニアのミルゾヤン外相は、バイデン政権の終焉前に、ブリンケン国務長官とワシントンで会談した。両国の関係を深化させる「戦略パートナーシップ憲章」に署名した。アゼルバイジャンとの係争地「ナゴルノ・カラバフ地区」にて、ロシアは軍事力を行使せず、静観している状況だった。2024年1月1日には、アゼルバイジャンが完全に掌握し、12万のアルメニア人が故郷を追われた。隣り合うアゼルバイジャンの軍事力から身を守る手段として、西側諸国を頼りにする。直近で米国との間では2024年9月15日から24日まで軍事演習を行った。前年の2023年9月11日から9月19日に続き、2年連続となる。

写真=アルメニア・アシュタラクで行われた同国軍と米軍の合同軍事演習の開幕式。アルメニア国防省提供(2023年9月11日撮影、提供)。(c)AFP PHOTO / ARMENIAN DEFENCE MINISTRY
掲載URL 2023年9月12日付 AFPより https://www.afpbb.com/articles/-/3481172
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アルメニアの報道官は2024年10月8日、パシニャン首相とプーチン大統領が会談したと報じた。アルメニアの報道官は、2025年1月以降、イランとの国境検問所を、ロシアからアルメニアへ移管する手続きをしたと、SNSで書き込んだ。トルコとの国境沿いの警備も、アルメニア軍が参加する見通しだと明らかにした。ウクライナへの特別軍事作戦に人員を割くロシアは、兵隊不足解消の意味合いを含めて応じたという。

詳細 ロシアとアルメニアの交渉 2024年10月9日02時8分 朝日新聞DEGITAL
https://www.asahi.com/articles/ASSB85D3SSB8UHBI030M.html

アルメニアは、経済やエネルギー面でもロシアと完全に断ち切れるわけではない。天然資源が乏しい同国は、エネルギーを原子力発電所に頼る。旧ソ連時代からロシア産の原発を使用していた。2024年7月29日、同国西部のメザモールで唯一稼動するアルメニア2号機(ロシア型PWR=VVER-440、44.8万kW)の運転期間延長に向け、ロシア国営原子力企業ロスアトムは、点検作業に入った。容器の原料となる金属の劣化具合について評価することにより、安全性が確保される。運転認可期限は2026年9月になる。次の2036年9月まで更新できるか、判断される。なお1号機は、1988年のアルメニア地震の発生に伴い、永久停止した。2号機については、電力需要を賄うべく、1995年に再開している。

 詳細 原子力産業新聞 2024年8月8日付 執筆者 桜井久子
https://www.jaif.or.jp/journal/oversea/24293.html

 エネルギー以外にも、運輸面や通信インフラは、ロシアへの依存度が高い。軍事面はロシアと距離を置くようになったものの、EUへ入ったとすれば、全て見直しを迫られる。経済面でも難しい事情に陥っている。

  (4)アゼルバイジャンとロシアの間に亀裂が走る

 ナゴルノ・カラバフの帰属権をめぐり、仲裁役は、新たにアメリカが任された。ロシアは、当初アゼルバイジャンと良好な関係を築いていたものの、一つの事件をめぐり、大きく冷え込んだ

2024年12月25日、アゼルバイジャンの民間航空機が、ロシア領内でコントロールを失い、後にカザフスタンで墜落事故を起こしたのである。現地カザフスタン当局は、2025年2月に「外部から多数の金属破片を受けて損傷した」との報告書を公開した。

 被害を受けたのはアゼルバイジャン航空8243便だった。アゼルバイジャンの首都バクーを立ち、ロシア連邦のチェチェン共和国へ向っていた。カスピ海上空で突如異変が起こる。操縦士は、機体をコントロールできなくなり、カスピ海東側のカザフスタンのアクタウ空港で緊急着陸を試みた。降下時、バランスを失い、八の字を描きながら、見る見る高度が下がった。機体を建て直すことができず、地面に激突して、炎上した。乗客62人、乗員5人を含め、67人のうち、38人が亡くなった。

写真=アゼルバイジャン航空8243便が辿っていたルート 掲載元 読売新聞オンライン 2024年12月28日午前7時付け https://www.yomiuri.co.jp/world/20241228-OYT1T50007/
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ロシアのプーチン大統領は事故から4日後の12月28日に、アゼルバイジャンのアリエフ大統領に謝罪した。ただし完全に非を認めず、ウクライナに責任をなすりつけた。目的地のチェチェン共和国のグロズヌイに向っていたウクライナ製ドローンを、防空システムで撃退したことが原因だと説明した。その防空システムが一連の攻撃を受けて損傷し、正しく作動せず、アゼルバイジャンの航空機に命中してしまった、と伝えた。アリエフ大統領は、プーチン大統領の主張を鵜呑みにせず、あくまでも地対地ミサイルで攻撃されたと、訴えている。両国は和解できず、亀裂が深まった。被害意識を持つアゼルバイジャン人の間でも反ロ感情を抱く。2025年6月27日のこと、ロシア中部のエカテリンブルクにて、過去の国内で起きた殺人事件の容疑で、アゼルバイジャン出身者50人が拘束された。そのうち原因不明で2人が亡くなった。アゼルバイジャン外務省は28日、特定の民族を拘束した事実に、抗議をした。文化省は、ロシア関連の文化行事を中止措置を下す。仕返しとばかりに、同月30日にアゼルバイジャン国内で、ロシア人記者7人を拘束した。

 詳細 墜落事故の詳細 ウィキペディア アゼルバイジャン航空8243便墜落事故より

 詳細 アリエフ大統領の国際司法裁判所の提訴について 2025年7月20日午前8時31分 THE SANKEI SHINBUN
https://www.sankei.com/article/20250720-Y7PL3CTQZ5JR3NVLNKBAHNLO7E/

 詳細 ロシアのエカテリンブルクでのアゼルバイジャン人の拘束について 掲載元 TBS NEWS DIG 2025年7月1日(火曜日)午前2時21分付
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2013678?display=1

互いに報復感情を募らせ、外交解決が難しくなった。アリエフ大統領は2025年7月19日に、国際司法裁判所に、事件をめぐって、提訴する考えを示した。事故の原因をロシア軍による誤射と認定してもらい、賠償金を請求する。ロシアとアゼルバイジャンは、共に専制主義国家である。政治体制が似ている国々は、確かに結びつきが深い。独裁者の特徴として、自ら非を認めない。プーチン大統領の言い分は、ウクライナとの軍事作戦が続く中、防空システムの誤作動である。アリエフ大統領は、鵜呑みにせず、緊張状態に陥ったロシア軍が、民間旅客機か、敵の機体か、判別できず、標的にした、と非難する。戦争が起きて、長期化すれば、影響は広範囲に及ぶ。アゼルバイジャン旅客機の撃墜事件も、ウクライナでの軍事作戦の長期化と無縁ではなかった。

  (5)アルメニアは宿敵アゼルバイジャンと和平合意に向う

2025年7月10日、アゼルバイジャンのアリエフ大統領とアルメニアのパシニャン首相はUAEで顔を合わせた。アルメニア外務省によると、両首脳との間で協議は5時間にのぼり、和平に向けて、国境画定へ向けた詰めの協議を行ったとのことである。アルメニア人の安全保障と引き換えに、アルメニアのパシニャン首相は妥協したとみられる。ひと月後の8月8日、両首脳はホワイトハウスで、トランプ大統領を挟み、和平に関する合意書に署名した。争いに終止符を打ち、互いの立場を尊重したのである。アゼルバイジャン本土とアルメニア本土の間の主要ルートの一部は直ちに再開される。2国間による往来が開始され、ビジネスとしても良きパートナーになることを誓った。

 写真=トランプ大統領を挟み握手するアリエフ大統領(左側)とパシニャン首相(右側)掲載元 BBC NEWS 2025年8月9日付 https://www.bbc.com/japanese/articles/ce93xv358xmo
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仲介国のアメリカは、大事な役割を担う。アゼルバイジャンへの援助を制限してきた「自由支援法第907条」の適用を解除した。制裁緩和に伴い、アゼルバイジャンの飛び地となるナヒチェヴァン自治共和国と本土とのアクセスについても協力する。アゼルバイジャン本土と飛び地となるナヒチェヴァン自治共和国の間には、アルメニアが一部跨っていた。合意書には、アルメニアに、通航権を譲るとの文言が入っていた。2020年11月10日の停戦合意事項以降、散発的に争いが起きた背景には、アゼルバイジャンの飛び地へのアクセス問題があった。アルメニアは、自国を跨ぐアクセス路開通には断固反対していた。新たにアメリカを信頼し、自国内の回廊建設を認めたのである。アゼルバイジャンの計画では、本土と自治共和国をつなぐルートを「ザンゲルス回廊」と呼ぶ。未だに仮説上のルートだった。アルメニア側は、合意書に基づくと、同回廊を、アメリカに99年間開発権利を譲渡する。新たにアメリカの協力による回廊周辺の事業を「トランプ・ルート(TRIPP)」とよぶ。アメリカ側が最新の技術を駆使して、回廊沿いに鉄道を建設し、パイプライン、光ファイバーなどを敷設するコンソーシアムに土地を転貸する。ミルゾヤン外相は、あくまでもアルメニア本土内に建設予定の総延長43,5kmの回廊について「自国の主権下にあり、第3国の管理権はない」と主張する。

 写真=ミルゾヤン外相 2025年8月12日付 Pars Japan Today Japanese Xアカウントより https://x.com/ParsTodayja/status/1955116113320161428
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あくまでも注意しなければならないのは、「合意事項」であり、最終的に和平に向けたプロセスの始まりに過ぎない。アゼルバイジャン側は、協定締結に向けて、アルメニアに憲法改正するように求めていた。なぜなら同国の憲法には、「ナゴルノ・カラバフ地区」の領有権が入っているからである。アルメニアは、本土にアゼルバイジャンが要求する回廊建設を認めることで、主権を譲り渡すことを意味する。アルメニア国内の内政的な対立をあおり、安全保障政策においても不確実性が増す。アルメニア側は、アゼルバイジャン軍に拘束された捕虜の早期解放や避難民の帰還など要求は通らなかったとみられる。対照的にアゼルバイジャンは、戦略的に大きな利益を得た。米軍の支援制限の緩和を引き出し、仮説上だった回廊の建設も認められる。陸伝いでバクーの油田を、自国の飛び地ナヒチェヴァン、その先のトルコへのパイプライン建設も視野に入る。ソ連時代の1988年から始まったとされる戦争は、区切りを迎えた。

 詳細 和平へのプロセスについて JETRO ビジネス短信 2025年8月13日付
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/08/388ef08c78d2135f.html

 詳細 和平の細かい内容 INPS JAPAN 2025年8月27日付
https://inpsjapan.com/sdgs/goal-16/trumps-caucasus-accord-a-tilt-toward-azerbaijan-or-a-lifeline-for-armenia/


ウクライナへの軍事侵攻が長引くロシアは、明らかにコーカサス地域での影響力が低下していた。新たにアメリカ軍が新回廊に駐留することにより、地理的に近いイランに睨みを利かすことができる。実利主義者のトランプ大統領は、平和への貢献をアピールした。彼の最終目的は、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の和平合意の仲介役である。その予行演習になった。

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