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2025年08月26日21:01

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2025年ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第12回 トランプ大統領がノーベル平和賞受賞へ向けて布石を打つ。第1章 ベラルーシの強権体制 言論の自由を奪うルカシェンコ大統領

<2025年ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第12回 トランプ大統領がノーベル平和賞受賞へ布石を打つ。>



2025年ロシア軍とウクライナ軍の戦い 第12回目。今回は停戦の仲介役を引き受けるトランプ大統領が見据えるノーベル平和賞の受賞の行方を左右するべラルシー情勢である。ベラルーシは、欧州最後の独裁者と呼ばれるルカシェンコ大統領が、1994年に就任以来31年間居座っている。選挙管理委員会を掌握し、自らの意向に沿わない候補者の出馬を認めない。行政機関も全て管理下に置き、政的排除にも積極的に動く。警察や検察は、反対派を「国家反逆罪」または「扇動罪」にかけて、逮捕・投獄していた。公正な選挙を願う国民の声は封じられたのである。トランプ大統領は、アメリカ合衆国の建国の理念である「自由と平等」を求めて、政治犯の釈放へ働きかけていた。ベラルーシとの取引内容は明るみになっていないものの、2025年に入り、政治犯は一定数釈放されている。彼は、ロシア軍とウクライナ軍の停戦は、一番の難題と理解していた。解決が易しい問題から優先的に取り掛かった。その一つが、ベラルーシの政治犯の釈放、もう一つアゼルバイジャンとアルメニアの係争地「ナゴルノ・カラバフ」の帰属権だった。ナゴルノ・カラバフについては、後に更新する第2章の主要テーマである。第3章は、8月15日に行われた米ロ首脳会談について掘り下げて語っていく。今回は第1章ベラルーシ情勢である。



 第1章 アメリカとベラルーシの電話会談、政治犯の釈放へ働きかけ

(1)ルカシェンコ大統領の存在感
(2) 疑惑の2020年の大統領選挙戦 形骸化したCIS(独立国家共同帯について)
(3)西欧との橋渡しをする米国のケロッグ大使 ベラルーシの歩み


        (1)ルカシェンコ大統領の存在感

8月15日のアラスカでの米ロ首脳会談に向けて、トランプ氏は、もう一つ仕事があった。プーチン大統領の盟友といえるベラルーシのルカシェンコと電話協議したと、SNSに投稿した。

 ルカシェンコ大統領といえば、西側諸国から「欧州最後の独裁者」と呼ばれ、一目置かれた存在だった。2025年8月1日に、ロシア北部ラドカ湖に浮かぶバラーム島にある同名の修道院をプーチン大統領と共に訪問した。共同記者会見においては、核弾頭を搭載可能な極超音速中距離弾道ミサイル「オレシニク」の量産を開始したと発表した。

 写真=バラーム島を訪問時、手を握り合うプーチン大統領とルカシェンコ大統領。出展:AFP通信 掲載元 同名サイト 2025年8月2日午前9時30分付
https://www.afpbb.com/articles/-/3591735
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 ベラルーシは、ロシアの協力国として西側から経済制裁を受ける立場にある。両者は一蓮托生の身である。核を保有して、脅しをかけていた。

トランプ大統領とルカシェンコ大統領の電話会談から4日後の8月19日に、ロイター通信が、協議の中身について一部報じた。トランプ大統領は、ベラルーシの政治犯釈放を願う米国内外の著名人の名が入った書簡を携えていたのである。公表された著名人は、1987年にラテン・アメリカ人として始めてノーベル賞を受賞したオスカル・アリアス氏(1940年9月13日生まれ)が含まれていた。同氏は、コスタリカ大統領として2期8年努めた実績を持つ{一期目は、第43代(1986年5月8日から1990年5月8日)、2期目は、第48代(2006年5月8日から2010年5月8日)}1期目時代に、平和賞を受賞した。その他、ベラルーシ人として唯一であり、史上初のジャーナリストとして、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチ氏も、名簿に記載されている。トランプ大統領は、書簡の中身について、ルカシェンコ大統領に伝えたと明かしている。実のところ、ベラルーシは2025年6月21日付けで、反体制派活動家14人を米国人の要請を受けて、突然釈放していた。身柄を解放された人物の中には、反体制派の急先鋒セルゲイ・チハノフスカヤ氏が含まれていた。ベラルーシの独立メディアは、釈放者の名前を公開している。その中に2020年のデモに加わっていた母親が日本人で、父親がベラルーシ人の日本国籍の人物が含まれていた。政治犯として裁かれた日本国籍の人物は、禁固16年の判決を受けている。実のところベラルーシには、日本語教師として働いた男性が、昨2024年7月スパイ容疑で拘束され、翌2025年3月に禁固7年の有罪判決を受けている。昨2024年末にも旅行中の男性が身柄を拘束されていた。同国は、言論の自由はなく、政権に不都合な情報を持つ人物を「スパイ容疑」にかける。国民を統制することにより、権力基盤を磐石にしていた。


    (2)疑惑の2020年の大統領選挙戦 形骸化したCIS(独立国家共同帯について)


振り返ると、2020年の大統領選挙戦にて、野党候補としてセルゲイ・チハノフスキーが出馬予定だった。同年5月29日のこと、コロナ禍にも関わらず全く対策をとらない政府に対して、街頭に出て、積極的に講義した際、警察から身柄を拘束された。翌2021年12月14日に、大規模な騒乱を組織した容疑で、裁判所から懲役18年の判決を受けている。

 詳細 セルゲイ・チハノフスキー氏の裁判 ロイター通信 2021年12月15日午前5時55分付 https://jp.reuters.com/article/world/-idUSKBN2IT27S/

 夫が逮捕されると、妻であるスヴェトラーナ氏が出馬宣言した。現職ルカシェンコ大統領の意向に沿い、選挙管理委員会は有力者を排除してきた。民主主義を尊重する活動家から全面バックアップを受けて、7月14日に、無所属として出馬する。事実上、8月9日に投開票される選挙戦は、現職ルカシェンコとの一騎打ちの構図になった。ソ連時代から続く旧態依然とした政治体制の打破を願う国民から一心に支持を集めた。投開票の結果、国民の声は反映されず、現職が80,10%に対して、チハノフスカヤ氏は10、12%の結果が出た。8月12日に暫定結果として、現職の当確が伝えられると、国民から抗議の声が上がった。連日治安維持部隊とデモ隊の衝突が起きた。6選を果たしたルカシェンコ氏は、選挙の不公正を指摘する西側諸国の声も押しつぶし、大統領の座に居座った。身の安全を危惧した対抗馬のスヴェトラーナ・チハノフスカヤ氏は、受け入れ先のリトアニアに亡命した。なお2023年3月の情報によると、スヴェトラーナ・チハノフスカヤ氏は、国家反逆罪で、本人不在のまま、欠席裁判が行われた。裁判所から言い渡された刑は、懲役15年だった。

 写真=2023年3月時点のスヴェトラーナ・チハノフスカヤ氏 掲載元 TBS NEWS DIG 2023年3月7日 午前5時36分付 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/364222?display=1
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本人は、隣国から判決内容を聞いてもいたって冷静だった。西側の民主主義陣営に保護され、国外から抗議の声をあげ続ける。釈放された夫とは、2025年6月21日に、リトアニアのヴィリニュスで、丁度5年ぶりの再会を果たした。

 写真=2025年6月21日にリトアニアのヴィリニュスで再会したチハノフスカヤ夫妻
ベラルーシにおける政治犯釈放の詳細記事 BBC NEWS 2025年6月22日付
https://www.bbc.com/japanese/articles/c8xvj4ew5qeo
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 なお2025年1月26日に実施された大統領選挙戦では、現職以外に5人の候補が出馬した。実質選挙戦は形式的だった。ルカシェンコ氏が86.82%の得票率で圧勝し、7期目を迎えた。事前に現職に反する政策をとる候補を出馬リストから除外したのである。前回の2020年に、西側から「不公正な選挙」と批判されたことを受けて、CIS(独立国家共同体)から選挙監視団が任務に当たった。投開票の翌日となる1月27日、CISの選挙監視団は、「重大な違反行為はなく、選挙は自由で透明性があり競争的だった」と評価レポートを公開した。
旧ソ連諸国から結成されたCISは、中立機関とは言いがたい。1991年12月8日にベラルーシのミンスクで立ち上がったゆるやかな国家連邦である。独立国の間で方向性が異なり、形骸化が指摘されていた。当初はバルト3国とジョージアを除く、旧ソ連の構成国11カ国で発足した。1993年1月1日付けでジョージアが遅れて加盟して、12カ国になる。後に、ロシアとの領土巡って武力衝突が起きたジョージアとウクライナが脱退した。2005年1月に国連から衛星中立国と認められたトルクメニスタンが準加盟に格下げされる。現在加盟9カ国のうち、EU加盟申請中のモルドバは活動を停止した。

写真=CISの加盟国の地図 朝日新聞 2022年10月15日午前5時付
https://www.asahi.com/articles/DA3S15445619.html
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CISに加盟する国々の間でも、ロシアが
独自に名々した「特別軍事作戦」について、ベラルーシを除き、公に支持を明言していない。ただし活動している8カ国は、共通して民主主義から程遠く、権威主義体制と、西側諸国から括られている。ベラルーシの強健体制には理解があった。

 詳細 2025年のベラルーシの選挙戦 JETRO ビジネス短信 2025年1月29日付
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/01/54ee48d7ea5552fe.html


  (3)西欧との橋渡しをする米国のケロッグ大使 ベラルーシの歩み

 2025年6月に、ベラルーシの政治犯の釈放に一役かったのは、アメリカのキース・ケロッグ特使だった。ウクライナとロシアの紛争の調停役として政府から派遣されていた。直近では2025年7月14日にキーウに訪問して、ウクライナへ再度停戦の意思を確認していた。ゼレンスキー大統領は防空の強化へ理解を求めていた。ケロッグ氏との間では、米国との武器の共同生産について協議した模様である。

写真=2025年7月14日 キーウでの会談の模様 掲載元 ロイター通信 2025年7月15日午前1時10分より https://jp.reuters.com/world/ukraine/6YEYWUDZT5JIZC5KRGZOCUOCIQ-2025-07-14/
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ロシア側は、トランプ政権発足以来、ケロッグ氏がウクライナに寄り添う立場を確認して、会談相手にふさわしくないと判断した。3月13日に、訪ロ拒否の声明を出している。代わりにウィトコフ中東担当特使が、ロシアとの交渉役に当たった。ルカシェンコ大統領は、ウクライナへの軍事侵攻に際して、ロシア軍に基地を提供した事実から、経済制裁が強化されていた。アメリカからの要望を受け入れることで、停戦に応じないプーチン大統領とは一線を画し、制裁緩和を引き出す狙いがあった。実際アメリカとの取引には明るみになっていない。

 ベラルーシは8月20日に、首都ミンスクにイランのペゼシュキアン大統領を招待した。ベラルーシ国営通信ベルタは、両首脳が戦略的パートナーシップ条約締結に取り組むことで合意したと報じた。
ルカシェンコ大統領は「地政学的な混乱の状況下において、ベラルーシとイランは協力をさらに発展させるため一貫性のある均衡の取れた措置を講じ、新たな課題を新たな機会に変えるために懸命に取り組んでいる」と力強く宣言する。
「われわれはいかなる問題についても協議する用意があり、排除される議題はない」と一体感を深める。両国は「軍事技術協力」を含む幅広い分野で連携できるとことを確認した。

 写真=8月20日、ミンスクにてペゼシュキアン大統領とルカシェンコ大統領 出展:ロイター通信より 掲載サイト 8月21日午前9時21分付
https://jp.reuters.com/world/ukraine/DBMZ3WLWBRLS5AYGFJTO6PXMEY-2025-08-21/
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 ベラルーシは、2020年8月の大統領選挙戦以降、西側とは歩み寄れていない。ロシアやイラン、さらに中国やインドを含め、専制主義、または権威主義と評される国々との関係を深化させる。2024年7月3日から4日にカザフスタンの首都アスタナで開催された上海協力機構(SCO)の首脳会議において、10番目の加盟国として承認を得ていた。ベラルーシが、オブザーバーの地位から、正式に加盟国と認定されることで、中央アジアから東ヨーロッパへ貿易の窓口が広がる。資源のないベラルーシは、大国を後ろ盾に、民主主義が根付く西側諸国の声を無視し、強権体制を取り続けている。


 以下関連作品

・ 前回 第11回(7月8日から8月11日迄)米ロ首脳会談の舞台アメリカがロシアからアラスカを購入した経緯 
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990568491&owner_id=32437106

 前回ベラルーシ関連日記 

2022年 3月17日付 ロシア・ウクライナ危機2021−2022 第3回 ベラルーシの政治体制 アイスホッケーとサッカーを中心にスポーツ、大統領選挙、ハイジャック事件 氷上の奇跡 動画アリ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981842802&owner_id=32437106

2023年 11月17日付 アイスホッケーとサッカーのリーグの運営面を比較する、イギリスのアイスホッケー・プロリーグで選手の事故死、2011年ロシアのクラブチームが、航空機の墜落事故に巻き込まれる。大谷が2度目のMVP受賞、
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986359442&owner_id=32437106


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