■オウム後継、若者入信途絶えず=事件後に生まれた世代が半数―地下鉄サリン30年
(時事通信社 - 03月20日 07:31)
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青年相手の仕事をしていると、「やっちゃん、昔の若者と今の若者は、どこが違う?」と尋ねられることが多くあります。
学力。これが意外なことに、国語の場合、共通一次、センター試験、共通テストは、問題ベースでいうと明らかに難化しています。ところが、若者の頭の程度は、劣化しています。
よくわからないところです。
また、英語などは学習機器の発達その他により、ある面では昔よりも進歩しているという面もあります。
ところが、(学力とは微妙に違う)賢さは大変劣化しました。
その理由は、亞インテリというか、中間層が壊滅的に愚かになったからです。丸山真男がいう亞インテリは、東大卒以外の人という意味ですが、東大でもそうでなくてもいいから二番手の人です。一番手の人は、朝から晩まで研究室に籠るわけです。また、医学部や司法試験志向の人は暇がありませんが、二番手、あるいは、まだやることが明確ではない人には、是非、サロンが必要です。
私の大学時代は、ざっと、次のような場所が、三か所もありました。
1 大人の男か、ご夫婦が自宅に若者を招く。
2 大学生を中心に男女の若者が絶えずいる。
3 2がやっていることは、神秘思想研究、芸術、外国語研究などである。
4 そこに行くと、飯と酒にありつける。
一番、改まっていてキチンとしていたのは、
故勝本富士雄画伯のアトリエでした。3はみんなの実際の仕事でして、私はアシスタントをしました。著作(共著)や論文が出るたびに、先生にお目に掛けたかったと、どんなに思ったことでしょう。
心の中で、第二の大学院と呼んでいます。
それより柔らかいところもあり、そこは皆さんが誰一人知らないでしょうから言いますが、2の中で恋愛関係ができたり、奥さんと精神的なちょっと淫らな思いを交わす…ということもあったようです。(もしかしたら不倫関係があったのかも)
2は、30過ぎから、10代までいろいろです。
だから、2の年長の知恵を成人していない人が吸収する…ということもありました。彼女を連れてきた大学生もいて、
「お前は、あの女に騙されている」なんて説教をされることもありました。
そういうサロンは、衰退しました。
なぜかというと、学校別に貼られるレッテルと用意される人間関係に安息してしまうからでしょう。
自分が三十のころに大学生を、いっしょに行かないか…と誘ったのですが、来ませんでした。
人生が平板にみえていることが一つの理由です。だから、大学とは異なるサロンは不要であると。大学が提供してくれることは、ごくわずかなことにすぎません。英文科に通っている人の人生が英語だけではないのは、明らかです。しかし、その現実をみない。見えないのか、見ようとしないのか、見たくないのか。特に、精神世界のことや、ある種の芸術は、学校では絶対にマスターできないはずですが。
また、若者は人に頭を下げたくないのですね。だから、頭が上がらなくなるメンターを持ちたくないと。この前、就寝前ですが、いろいろなことを考えました。「救う」というとオーバーかもしれませんが、危ないところを助けた人が三人いますが、お歳暮持ってくるどころか、意図的に避けています。恩知らずどころの話ではないですよ。「ありがとう」と言ったら死ぬのですね(笑)
そんなことでは、オウムの提供する「サロン」が唯一のサロンになり、そこに取り込まれます。
というより、創価学会など、全ての新興宗教が、サロンという見つけるのが難しいものを提供して信者を増やしています。
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