■待望の新米に行列も…「5キロ3000円は高い」 精米店ではコメ不足に「泣きながら買いに来る」 価格高騰の要因は“競争力”【news23】
(TBS NEWS DIG - 09月04日 13:04)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8006592
■「こんなにあるのビックリ」“令和の米騒動”続く中…新米が大量入荷、「ある店」「ない店」違いは?【Nスタ解説】
(TBS NEWS DIG - 09月04日 20:48)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8007237
図は、『成形圖説』(1803年)です。
文化文政期でも、稲はこんなものでした。早稲田の校章のような立派なものになるのは、近代になってからです。 それを植える。昔は臼でついて、脱穀と精米を行いました。
そうすると当然、割れるコメができます。 そこで、酒や、饅頭、かゆなどが発展しました。
江戸期の記録では、労働者は四合食べたそうです。
近世初期に、「起きて半畳、寝て一畳。天下とっても、二合半」という言葉ができます。
意味は、天下をとっても、起きているときは半畳、寝ているときは一畳。お米は二合半しか食えない。(だから富貴にあこがれるのは、ばかげたことである)
という意味です。 「でも、鯛やヒラメが食えるじゃないか…」という屁理屈が言えなくなるほどの、一種の普遍性をお米はもっています。
この言葉に意味が実感できたのは、最近です。
昔は、女性をはじめ、人に認められたいという気持ちがありましたが、薄らぎました。
ただ、大人の野心というのは体験の中から出てきます。だからたまに、自分が思いもしない世界に素晴らしいものがあるのではないか…と探したくなります。
話を元に戻します。
取り入れ後だけでも、米粒をこきとって、臼でついて、籾摺りと精米をするという、
苦労をしてまで、昔の日本人がお米を食べたがっていたのは、
水が今と全く違ったからだと思います。
昔の米を湧き水で炊いて食べてみたいですね。
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