差別という社会的、感情的な問題と、その選手が女性として出場できるかどうかという問題は、別の問題である。
そこが混同されている。
別の言葉でいえば、社会的な問題とジェンダーの問題、スポーツの問題は完全には一致していない。
しかも、具体的には指摘しないが、「専門家」の上から目線がこれほど露骨に表れたケースも、近年珍しい。
「反ユダヤ主義」と同じく、「差別」を出したら、皆が思考停止してしまう。その典型だ。
さて、合理的な解決方法は、
1 筋肉をふやすという男性ホルモン、テストステロンの分泌量によって、柔道の階級のようなものを決めて、メダルを争う。
そういうルールを適用している
2 男女の別を廃止する。
今、男子マラソン、女子マラソンのように男女の別が設定されているが、
情緒的な区分でしかない。
コンタクトスポーツなら、女性が男性に触られるのが嫌だという心理があるから男女を分けるのは合理性があるのだが、もちろん、それは、別の話である。
男女一緒のカテゴリーにしたら、ほとんど、男が金メダルを取るであろう。
それが、面白くないというのは、あくまでも観客の言い分である。
前も紹介したが、「おれは、高校野球を見ながらビールを飲むのが趣味だ。だから、野球の甲子園大会を、北海道に移すのは反対だ」という身勝手な老人がいたそうだ。だったら、「おれは、チアのハイキックを見たい」などと言わせてもらいたい。
もちろん、そんな意見は議論とは言えない。
オリンピックの女子ボクシング問題と、
埼玉県の共学論争は、
男女の区別の議論を先送りをしてきたか…ということを象徴的に表している。
共学化論争で、誰もが指摘するのは、埼玉県にはすでに共学があることである。
男子校の浦和高校は、東大44人。確かにすごいが、共学の大宮高校も、東大19人。
一方、見落としがちなのは、
1 女子高は、サンクチュアリ(避難所)の役割を果たしている。
街は、痴漢やナンパ男など、危険がいっぱいだから。
2 男子のいる学校に通いたくない人もいる。
3 性差と関係がある文化を、高校で伸ばすなどということは、事実上、全く、ない。
男子しか選手がいない硬式野球は、男子比率の低い商業が、工業より強い。
ピアノの腕を高校の音楽の時間だけで伸ばし、芸大に入ったなど聞いたことがない。
料理人は男性が多く、しかも、丁稚奉公で腕を磨いている。
4 男子校に入りたいという女子中学生には、浦和高校の校風を変える資格がないのではないか。だって、まだ、当事者ではないわけだから。
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