このまえ、こういう話を聞きました。
「ある若手人気講師が、
『今の子は、三倍速で勉強したがる。だから、さらっと流し、途中で内容を深堀りしない。』と言っていた。しかし、彼はそういう生徒を憎んでいる」
と。
いかにもありそうな話です。
「三倍速」か…
その人気講師の観察眼は鋭いと思います。確かに深掘り(たとえば、古文の本文に習っていない特殊な「まし」が出てきたら、そこで「まし」を説明するなど)は、嫌われます。それを見抜いた彼は、鋭い。
しかし、かわいそうです。
その若手もかわいそうですし、生徒も絶対に伸びませんからかわいそうです。
予備校だって、苦労して感性が鋭いいい人材を雇ったのに、
そいつが、せっかくの能力を自分のアンケートの数値を高めるためだけに使っているというわけです。損害です。
目を開かされたのは、(私に関しては)批判票ナシの女子医大のアンケートです。
これが本来の姿だと思います。苦しい課題も、ためになればプラス評価する。人間として当然の話です。
また、ある大学教授(専門以外に教育工学も先行している人)から聞いた話です。
「毎コマの終了後、コメントを付けさせられる。百人分だ。一体、何を考えているやら。」
アンケート至上主義だと、三倍速の生徒や毎時間かまってほしい生徒が出てきます。
十年前に私はアンケートについて、
「実力もなく生徒に嫌われているのに、プリプリ威張っていて政治力で牛耳ろうとしている爺々イの目を覚ますのに好都合な制度だ」と思っていました。一昔前は、そういうのが多くいました。
だが、今や弊害が多すぎるといえます。
民主主義と似ています。
昔は、気に食わないのは死刑にし、家来のキレイな奥さんは全部自分のものにする…という暴君がいました。
ところが、今は、途上国を除き、そういうのはいません。民主主義が素晴らしいといっても、その真価を発揮できるときは、もう終わりました。
だから、投票や有権者、選挙結果を第一とする現在の民主主義を肯定するのは、思考停止です。どう考えても、選挙を左右するマスコミは自民党の犬。つまり、アメリカの犬だからです。
代わるものが当面見当たらないとしても、もう、民主主義は終った。ここから代わるものを時間をかけて考えつかないといけません。
予備校や大学も、アンケートに代わるものを見出していかないといけません。
※ ただし、以上のアンケートや民主主義に関する考えは、ユニオンの見解ではなく私の独自の見解です。
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