■ある塾講師の苦言「勉強できない子達が行き着く塾はキャバクラのような塾」 学力に合わせた学びのあり方に意見続々
(まいどなニュース - 01月21日 08:10)
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この塾の先生が言っている「キャバクラ」とは、客の機嫌を取るということでしょう。おそらく、彼が批判したいのは、やる気がない生徒に対する迎合、集客至上主義でしょう。
「わかりやすく、楽しい授業がいい」
このように、ある仕事に対する希望が出るとします。たとえば、「寿司屋になるために十年の修行は無駄だから、数か月で技術を磨ける専門学校を作れ」とホリエモンが言ったことなどが挙げられます。それについての最初の反応は、希望に対する批判「同じ種類の魚でも同じではない。何十年もしないと見きわめられない」でしょう。ところが、その裏をよく考えると今まで隠蔽されてきた真実(というとオーバーですが…)たとえば、「成金い相手の寿司屋と季節を楽しませてくれる寿司屋は違うなど」が分かります。
つまり、アンケートというのは、モノを考えるうえでの屈折した突破口になるということです。
客の機嫌を取る集客第一主義の高校生用の塾は、Yゼミ、WD塾、静岡のS予備校です。
しかし、それらは、みな左前です。
まあ、生徒は受かりたいからでしょう。だから受かりそうなところを選択するからでしょうね。
真実は、「受かりたいが、面倒なことをやりたくない」「受かりたいが、楽しくもやりたい」という矛盾した心理です。
「楽しさ」には、男女の出会いも含まれますが、
最近、ハッと思ったのが、ある女子生徒です。
東京の進学校の私立は、ほとんど別学です。彼女は、数十人も東大に入るスーパー進学校に通っています。代々木にある、スーパー塾で男子校の生徒に会うのが楽しみのようです。彼氏はいないし作らないそうですが。なるほど。こんなところにも成績上位の子を囲い込む目的があるのでしょうね。上位の子を囲い込まず、単に出会いの場を提供するだけなら、この子のようなきちんとした子は逃げます。これが、その一。
その二は、
「受かりたいが、面倒なことをやりたくない、楽しくやりたい」というのは、まだ、見込みがあるということです。ある同僚は、「面倒なことをやりたくない」は、ダサい。それほど幼稚なのは、お前だけだ…と恥をかかせればいいと言いました。
至言です。それがうまいことできるのは、本物の教師です。そういうことをシミレーションすると、みんなが望んでいることが見えてきます。恥をかきたくないことです。
だから、本当に良くないのは、「勉強がすべてではない。部活だって勉強と同じくらい尊い」というウソです。勉強しなくなるに決まっているじゃないですが。いくら、野球部のキャプテンでも「アイツ、アフォだから勉強ができない。pupu…」と後ろ指さされるようにしないと。
本当に見込みがない子は、植物みたいな子です。
その三は、この塾の先生が言っている「わかりやすさ」です。
自分の「わかりやすさ」と、秀才の「わかりやすさ」が同じだと思わないと、この言葉は出ません。我々だって「スワヒリ語上級」のクラスに入ったら、どんないい授業でも、わかりやすい道理はありません。
十年前に、同僚がやっている地方の塾に国語を教えに行きました。その同僚は『やっちゃん先生は人気講師ではありません。みなさんが分からないことをごまかさずに教えてくれるいい先生だからです』と紹介してくれました。
うれしかったですし、自分が彼が紹介してくれたような指導をしているかは別として、正直言って、いい授業とはそういうものだと思います。
おそらく、「わかりやすさ」は、日本教(本覚思想)から来ているのでしょうね。全てが佛であると。
しかし、佛かどうかはともかく、自分は、山中教授や大谷選手とは全く別です。
そうしたリアルな目こそ、リアルに生きる絶対的な条件でしょうし、学歴主義などいろいろな悪い事を相対化する必須の条件でしょうね。
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