ノーベル文学賞作家・大江健三郎さん、老衰で死去 88歳
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昨日は、大きな、いや、大きすぎる事件が連続しました。
まず、毀誉褒貶は別として、ノーベル賞作家大江健三郎の死去。蓮見重彦がいうように、仮にノーベル賞を受賞しなかったとしても、非常に重大な作家であることは間違いがありません。
次に、扇千景の死去。
この人も評価はさまざまですが、衆議院議員だけで二十人も集めた新党の党首。海部俊樹、加藤六月、野田毅、井上一成、青山丘、中西啓介、二階俊博、井上喜一、岡島正之、安倍基雄、中村鋭一、小池百合子、青木宏之、江��鐵磨、西川太一郎、西田猛、西野陽、松浪健四郎、吉田幸弘、三沢淳。これが結党時のメンバーです。飾り物であれ何であれ、この大物議員群のリーダーでした。実質は、反小沢党でしょうが。
それから、袴田事件再審決定。
酷い話です。
なぜ裁判所は破棄自判をしないのだろう。
なぜ時効は成立しないのだろう(執行を前提に拘置しているからという通説は詭弁です)。
なぜ、再審が取り消しになったとき、収監されなかったんだろう(大手を振って外の世界に生きる「死刑確定囚})有罪無罪の前に、とんでもない矛盾じゃないか。
そもそも、たったあれだけの証拠で死刑判決が下せていいのだろうか…
などの疑問が生じます。決してアメリカが良いというわけではありません。アメリカはこの国よりもっとひどいでしょうが、この国に暮らすことが怖くなります。
それから比べると、野球の世界大会なんてどうでもいいことです。
かつて、野茂英雄さんが、「日本にはスポーツ新聞はない」と言っていました。あるのは、浪花節の腐ったのしかないということを言いたかったのでしょう。
私は、野球は嫌いです。
やったら、
協調性がなくなり、根性がなくなります。
下手をしてスタジアムで観戦すると、下品な音楽や太鼓の音に塗り込められ、自分の精神もどうにかなりそうです。
少なくとも、たかが野球。好きな人が見ればよく、六時台のニュースで扱うトピックではありません。
さて、大江健三郎ですが、
かつて、友達に次のようなことをいい、我ながら高く評価され誇らしい気持ちだった思い出があります。友達とは、大江さん同様、五月祭で小説を高く評価された人です。
「自然主義作家は財布の中を見せたが、大江はズボン脱いでケツの穴さらした。自然主義の亜流だ」
「大江は、霊性が低い」
極論ですが、今も考えは同じです。『われらの時代』のホモセクシャルの描写、それから、光さんが生れたときの内心の描写での化け物扱い…ともに小説の描写の都合(大江さんは小説の方法に非常に意識的であった)もあるでしょうが、嫌いです。自分なら仮の仮にもそんなことは書けないと。
それから「私大出身の私大の教授として言う。余計なことを書くな」と栗本慎一郎(慶應義塾大学卒、明治大学教授)が怒った、私大差別も全く理解できません。単なる無知で恥をさらしたに過ぎないと思います。
ただ、総体として、私は非常に高く評価しています。
玉石混交と言います。
あれは、乱歩のミステリーのように傑作と失敗作が混じっているという意味ではなく、大江以来、精神面でいい面と嫌な面が交差する意味に変わったのかな…とも思っています。
ご冥福をお祈りします。
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