mixiユーザー(id:12410478)

2023年03月13日09:25

375 view

いのち 『平家物語』 ヨーロッパでは人道主義が上位の概念になっていますが。

■「大丸別荘」前社長が死亡、車内から遺書 湯の入れ替え問題で辞任
(朝日新聞デジタル - 03月12日 16:56)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7333818

言葉がきつすぎるなどの意見はあるでしょうが、
基本的にみなさんのおっしゃる通りです。

自殺は、逃げです。
このケースの場合、残務整理を他の人(亡くなった前社長のご家族も含む)に丸投げして逃げるのですから、よくありません。

やはり、あらゆる宗教が自殺を禁じていますが、
即身成仏のようなことも行われてきた、その理由がわかる気もします。

典型は俊寛です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%8A%E5%AF%9B

俊寛は、反平家のクーデター未遂の罪により、鬼界ヶ島に流された。
従者である有王が追いかけてきて、家族のことが一通りわかった、娘が心配ではあるが、何とか生きていけると思い、

…さのみながらへて、おのれにうき目を見せんも我身ながらつれなかるべし」とて、おのづからの食事をとどめ、偏(ひとへ)に弥陀(みだ)の名号(みやうがう)をとなへて、臨終正念(りんじゆうしやうねん)をぞいのられける。有王(ありわう)わたツて廿三日と云ふに、其庵(そのいほり)のうちにて、遂にをはり給ひぬ。

…そういつまでも長らえて、お前(有王)に面倒をかけるのも、我が身ながら思いやりがないことだ」といって、まれにとる食事もやめて、ひたすら阿弥陀如来の御名を唱えて、臨終の際正しく念仏して往生できるよう祈られた。有王が島にわたって二十三日という日に、その庵のうちで、とうとうお亡くなりになった。

という次第になります。

俊寛は、この世から逃亡したのではなく、有王に負担をかけないため(ということは、残された娘のところに有王を帰して娘の助けとするために)死んだ。
出羽三山の即身成仏も、たとえば、借財や三角関係から逃げるために即身成仏したという話はありません。

日本の仏教は逃げではない自殺は認めてきたというところでしょう。

そう考えると、生きて責任を果たす倫理の束縛は重いです。本当に責任を果たさねばならないのだったら、くら寿司の悪ふざけの犯人の吉野凌雅も留置して損害を完済するまで働かせないといけなくなります。そんなことは、さすがにかわいそう。無理です。

「人道主義」という言葉があります。
これは、もうヨーロッパでは、宗教よりも上位の概念です。宗教が風化していることがありありとわかります。目下のところ、ヨーロッパでは最も尊い考え方です

日本はその点では進んでいました。
『平家物語』では、共に流された、藤原成経・平康頼は信心深く、千本の卒塔婆を海に流しておかげで赦免されたが、俊寛はそれに加わらず信心深くなかったから一人残されたとされています。
しかし、『平家物語』を読んだ人は、誰もが俊寛の悲劇的な人生にこそ心惹かれます。「信心深くなくてバチがあたった。ザマアミロ」と思う人はいません。責任を果たしてこの世を去った彼を立派だと思います。
裏返せば、その当時の仏教が本当に、この世の貸し借り(義務や責任、業績、倫理)から、まだ解放されていないことを示していると思います。解放されるのは、曹洞宗以降です。

『平家物語』」は、1240年頃までに成立。
仏法も含めて全ては一面の真理に過ぎないという曹洞宗の教えを背負った道元が、京を去って越前に永平寺を開くのは、1243年。だから、思想の変わり目を活写した話だと思います。
(私も、『証道歌』http://www.shomonji.or.jp/zazen/shodoka.pdfにしたがって、この自殺した社長の冥福も祈りたいと思います)

本当は両者の関係を調べたいのですが、寿命がその前につきそうです。

どんな人でも、義務を果たす義務はない。浮浪者や受刑者にすら人権がある。
良い時代に生まれたと思います。
自殺した社長が責任を逃れたことは事実としても、責任を全うしない一生もありです。
12 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年03月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031