mixiユーザー(id:12410478)

2022年11月24日17:06

658 view

いわゆる魯山人風すき焼きは、魯山人と大谷光瑞が別々に戦前の外食から発掘したもののようだ。孤独な個と近代。(特選)

■<驚き!?>すき焼きに白菜って入れるもの?入れる派入れない派、両者の意見あり
(ママスタジアム - 11月23日 17:41)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=176&from=diary&id=7198163

魯山人風すき焼きというものがあります。

バージョンが二つあります。
1 焼肉
a鉄鍋に牛脂を引き、牛肉を少しの醤油で炒め、大根おろしや溶き卵で食べる。
b野菜を空いた鉄鍋で炒めて食べる。
abを際限なく繰り返すものです。戦後になって砂糖が少し入ったとも言います。
ロラン・バルトが『象徴の帝国』の中で、中心のない食べ物と言ってますが、その通りです。

2 鍋
鍋に出汁を引き、出汁の高さに切ったネギの筒を煮て、牛肉を茹でて食べる。醤油、少々の砂糖、大根おろし、溶き卵。

両方ともうまいですし、1を続けて、締めを2にしたものもあります。『美味しんぼ』の「しゃぶスキー」はその変形でしょう。

実は、これは魯山人の発明ではありません。
関西方面の気取った戦前のすき焼きです。
大谷光瑞が、(1)扁平な鍋を使い、(2)油脂以外は鉄板の上に液汁を加えず、(3)牛肉が炙熟したら椀のなかの調味に浸して食う(4)肉がなくなってから蔬菜を入れて、牛肉の液汁と油脂で煎り、肉と蔬菜は共存させない
と書いてあるものとほぼ同じだからです。

また、大谷光瑞は昭和六年の「食」において、
「肉と野菜を同時に煮れば、肉の食べ頃には野菜は生、野菜が煮える頃には肉は硬くなってしまう。肉野菜の混ぜ煮のごときは味のわからぬ貧乏人が聞きかじりで作った調理法であり、真に味を問う者のなすべき料理ではない」と言っています。
私は、賛成です。上のいわゆる魯山人風すき焼きでも、供せられるのは、ネギと焼き豆腐や白滝、春菊、キノコ、ゴボウ程度です。
また、牛肉と白菜は他の料理で取り合わされることがありません。味が合わない証拠です。

光瑞が口を極めて罵っている「ごった煮」は、魯山人によると「書生食い」です。
実は、この辺に大きなポイントがあります。

昨日、「地球最後の日」のレシピを書きました。
しかし、アレは、家族や一人で食べるものではありません。家族と食べるなら成人した子と親でしょう。

では、まったく一人では。。
ラーメンやうな重のうまいのを食べたいですね。

このすき焼きは、友達や芸者さんと食べるものでしょう。
芸者さんとは、現代では恋人かもしれませんし、キャバクラのアフターかもしれません。
だから、乏しい肉を分け合うために白菜をどんどん入れるという書生食いの要素がありません。また、味がわからない者が入ることもないでしょう。相伴する芸者は味がわかるふりをするでしょう。

光瑞や魯山人が述べたことは、そういう近代性のことです。
「家」を切り離して浮遊する、孤独な個。しかし、それは相手を求めてさまよっている個であり、ホームレスが一人で寝転んでいたり行者が即身成仏したりするような本当の「個」ではありません。そこには、友と清談したり芸妓と戯れたりする、あるいは鍋奉行の中居がつきっきりで世話する空間が必要でした。
出自との葛藤が、生涯付きまとったこの二人が、反ごった煮を称揚していることは、きわめて印象的です。二人とも永遠の「中二」ですから。

北大路魯山人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%A4%A7%E8%B7%AF%E9%AD%AF%E5%B1%B1%E4%BA%BA

大谷光瑞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E5%85%89%E7%91%9E

参考文献
『魯山人味道』『料理メモ』(青空文庫にありhttps://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/50011_37666.html) 北大路魯山人
『味』 大谷光瑞
9 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年11月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930