一昨日、『ケーキの切れない非行少年たち』を日記に書いたのがきっかけで、この本を読み返しています。
この本は、しばらく考え続けたいような多くのポイント(論点や問題提起)が、入っています。
いい本というのは、考えさせられるポイントを、読者が再解釈したくなるものでしょう。
たとえば、推理小説などよく出来たエンターテイメントは、その先を「創作」したくなりますから、評論と文芸作品は区別する必要がないかもしれません。
さて、『ケーキの切れない非行少年たち』は、少年たちの自己評価が、高すぎる、あるいは低すぎると注意しています。
私も高すぎる自己評価は、現代病かと思って、とても印象に残っています。たとえば、進路が就職と進学半々程度の高校に在籍し、その中でもパッとしない成績なのに、「オレもその気になれば、東大に行ける」と信じ込んで放言するなどです。このタイプは、強烈に印象に残る、いわば、目立つ人ですが、数は、低すぎる自己評価をする人の方が圧倒的に多いです。
筆者は、
(非行少年の)「自己評価を上げよう」には、何らの意味もないとし、その理由として、
1 自己評価が低い社会人などありふれていて、それなりに社会生活を営んでいる。
2 ほめても、その場はいいが、何らの解決にもならない。
としています。
大賛成です。
非行少年ではないですが、不振の受験生のある種のタイプは、誰かから「本当は頭がいい」だの「無限の可能性」だの「個性を大事に」だの吹き込まれて、評論家と化して成績が全然伸びない人がいるからです。たとえば、「わかる」ということと、「(全科目トータルで)成績が伸びる」ということは、全然違うのですがねえ。
低すぎる自己評価は、事実と異なること。
可能性や個性を褒めてやるも、一種の、事実と異なることであるには変わりありません。
両方ともウソですから、何の意味もありません。いずれは破たんすることです。
筆者の解釈や意見に賛成ですが、
もう一つ、面白いことを思い出しました。
大学時代の友人で、AV好きがいました。そいつに見せてもらったのですが、マゾのAVです。
上場企業管理職風の男性が、ブーツを履いて、ガーターをしている妖艶な美女に、
「この、ドスケベなマゾ」「豚」「お前の好きなお仕置きを、たっぷりしてやる」などと言われながら、ブーツを舐めていました。
そのセリフに、当時、不思議な爽快感を覚えました。
その理由が、やっとわかりました。
もしも、その「マゾ」に
「あんたは、日立精機の平凡な営業課長だ。自分ではいい上司と思っているが、実は、加護亜依似の部下にすごく嫌われているが、気づいていない。青山学院大の経営学部時代は、経済が面白いと思っていたが、通り一遍の知識しかない。西武池袋線の小手指に買った戸建ても女房と同じように、すっかり、中古と化して…でも、リトルリーグで頑張っている息子に恵まれ、人並みに幸せだ…」
などという、真実を伝えたら、その重苦しさに、生きていけないような気分になるでしょう。
「ドスケベなマゾ」「豚」というのが、現実とは違う、過小評価であるからこそ、ウソだからこそ、そのプレーから、我に帰れるのでしょう。
ウソは、事実と違います。この「マゾ男」の場合はいいかもしれません。しかし、一般に、事実と違う認識は、故意についた嘘だろうが、認識の誤りだろうが、不都合だからダメです。
過小評価の場合、
1 「オレはアフォだから、教科書が読めません」などと、怠ける口実になる。つまり、このマゾ男のように、現実とは無関係な世界に行ってしまう。
(行きたい高校をあきらめるというような大きな代償を払いますが、それさえ我慢できれば、現実に目をふさぎ、何もしなくてもいい。まことに楽ちん至極です。)
2 「aを改善したら問題は解決する」という具体的な向上のプロセスを封じ込めてしまう。
(人間の能力というものは、跛行的です。足を引きずるように、ある部分は素晴らしく、ある部分は劣っています。
たとえば、旧知の大学教員の男性は、理系を教えていますが、ご自分では九九は完全に覚えていないそうで、たまに大学生に聞くそうです。
その教え子の大学生は、コミュ障で就職できませんでしたが、彼に、お歳暮として、電話、メール一切無料、衛星の電波をハッキングして通信する、太平洋のど真ん中でも通じるという、摩訶不思議な自作端末をプレゼントしたそうです。
向上したかったら、自分はどこが優れ、どこが劣っているか仕訳をしないといけません。)
3 五流六流の友達と付き合う、友人関係になる。
(日本人の人間関係は、比較的、能力差別はないように思えますが、人生を投げている人との付き合いは避けるでしょうね。)
というような、不都合が生じます。
話は変わりますが、殺人が罪になったのは、不都合だからだという、文化人類学の説があるそうです。
本人が年老いたら復讐される、子どもの代で復讐されるなどです。
倫理的な感情はわからないから、徹底的に保留し、
不都合さ
から、全ての事象を考える
そんな点にも、『ケーキの切れない非行少年たち』の面白さがあります。
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