mixiユーザー(id:12410478)

2020年12月26日09:45

210 view

ありのままをみて、受け容れた人 なかにし礼

歌謡曲の作詞家として偉大な人です。
阿久悠さんの場合は、時代の半年の先取り。
なかにしさんは、やさしさだと思います。批判の方に目が行くのではなく、素直にじっくりと光景をみるということです。愛情がないとできることではありません。
たとえば、「北酒場」口説いたり口説かれたりという男女を、シンプルにそのままにみる。明るく肯定する。

「石狩挽歌」が、最高傑作だと思います。北原ミレイさんの、歌の玄人といった、独特のあでやかさと暗さが合います。

海猫が来たからニシンが来ると
赤い筒袖のやん衆がさわぐ
雪に埋もれた番屋の隅で
わたしゃ夜通し飯を炊く
あれからニシンはどこへいったやら
破れた網は問い刺し網か
今じゃ浜辺でオンボロロ
オンボロボロボロ
沖を通るは笠戸丸
わたしゃ涙でニシン曇りの空を見る

燃えろ篝火朝里の浜に
海は銀色ニシンの色よ
ソーラン節に頬染めながら
わたしゃ大漁の網を引く
あれからニシンはどこへいったやら
オモタイ岬のニシン御殿も
今じゃ浜辺でオンボロロ
オンボロボロボロ
変わらぬものは古代文字
わたしゃ涙で娘盛りの夢を見る


北海道に鰊が来て栄えた。しかし、鰊の大漁は続かず、帝都以上の殷賑といわれた浜はすっかりさびれてしまいました。
鰊といえば鰊御殿が有名ですが、鰊御殿とは、御殿とはいうものの、大儲けした人が作った成金の居宅というよりは、出稼ぎ労働者であったやん衆の宿泊所兼作業所としての性格が強いものです。
一度、ニシンの群れが来ると、二十時間労働などはザラです。
そこに集まった男は、単調な労働から目を覚ますために、ソーラン節を歌い、眠気をさましました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B0%8A%E5%A0%B4%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%94%84
↑ のリンクの中ほどか少し下にあるような卑猥な歌詞を変え唄にして、目を覚まし作業を続けました。
それが、「ソーラン節に頬染めながら」です。多くの男たちが集まります。当時、娘だった語り手には、言い寄る男もさぞいたことでしょう。

ニシンは回帰します。
だから、数百年後、ニシンは取れるでしょう。しかし、それは、ツングースともアイヌとも中国系ともいわれる、手宮の古代文様、古代文字の時代に先人が味わった哀歓と同じです。
「変わらぬものは古代文字 わたしゃ涙で娘盛りの夢を見る」

人間の業、営みというものをまっすぐにみた歌詞です。
こういうものは書くのが難しいでしょうね。

なかにしさんがどのような人柄の人だったか、存じません。しかし、ある完成された人格の人が亡くなられたと思います。

ご冥福を心からお祈りいたします。


なかにし礼さん心筋梗塞死去 作詞家で作家 82歳
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=6355731
10 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年12月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031