mixiユーザー(id:12410478)

2020年08月27日10:11

239 view

目下知りたいこと 12 吸収と意味付け 井筒俊彦 <下>

昨日は、井筒俊彦を、最も優秀な日本近代人として挙げて、そこからどれだけ遠ざかて散るかで、劣等生が劣等生たるゆえんを語ろうと試みました。

井筒俊彦は、語学の天才(ニ十か国語でのディベートの能力がある)であると同時に、大思想家です。

その他の人は、井筒から何が欠けているか、それはなぜか。
その一端を<下>として少々語ります。また、思いついたら、稿を改めたいと思います。

昨日挙げたのは、語学マニアです。語学は非常に強いが、それだけで他は凡庸になるという人です。
なぜか。物真似だから、自分が鏡のようになって他文化を受け入れるだけになるからです。

最初、語学マニアがなぜできないかについて、読んでいる内容が幼稚だからと考えました。大学入試の長文とやらがそうです。事実上は、超ウルトラスーパー単文です。あれが長いと思ったら、日本も終わりだと思いますが、それはともかく、日本語訳をみると簡単です。現代文(現代日本語)は第一言語であるだけにはるかに高度な内容だから、英語ができて現代文ができない人は賢くない…と思いました。

これも間違いではないですが、もっと深刻な原因は、学んだものの意味付けです。
意味付けが凡庸、感情的、だと、習得力だけ増して頭はパ〜になります。
語学をやる人は、語っている内容の意味付けは、通り一遍のものになるでしょう。
物真似は、別人格になることです。
だから、我に返ると、別人格になる前の自分に戻るからです。したがって、自分は深くなりません。
(便宜上、語学を挙げましたが、語学以外の習得も同じことです)

たとえば、私が愛読した(必ずしもすべてを支持しているわけではないが、重大な示唆を受けたという意味で好きである)経済学書に、アダム=スミスの『国富論』があります。

凡庸な意味付けの例
「景気循環を説明できない。ケインズによって、相対化された」
→ 当たり前。そんなのは、オメエに聞かなくてもわかること。
「価格が市場を調整する役割を担っていること」
→ 誰がどう考えても、そういう読みになるのだが。
「オレも高級な本を読めるようになった」
→ よかったね。

本棚にラベルを貼って、ラベルだけを眺めて暮らすようなものです。
実は一度読んでから、内容についての思考は無意識のうちにずっと続いているのですが、そのときにラベルだけを読んでいたら賢くなりません。
ましてそのラベルが、自分のスペック向上欲についてのものだったら、どうにもなりません。もっとも、このレベルになると、語学もダメ。全体的にレベルが低くなります。

(ある年に予備校の講師室に国語ができないという男が来ました。「単語がわかんないし、本文の趣旨がわかんないし、選択肢は…」と十個くらい並べました。「今日は、そのうち一つについて」と断ったら、以降、来なくなりました。彼は、難しい専門用語、趣旨…という一つ一つについて保証が欲しく、「大丈夫だ」「オレはできる」という感情に浸りたいだけです。自己肯定欲のお化けですが、そのタイプは根強くいます。)

ちなみに、私が『国富論』から受けたインパクトの強いヒントは、非対称的なものはなにがしかの救いになるということです。危険な作業に対して高い時給を払い従事者を確保する。同様に、ウォン安が韓国の輸出を伸ばしたなど。これは、通貨というものに内在された性質です。それを私することは許されません。通貨は、富豪のものではなくみんなのものだから。だからやはり、新自由主義経済はまちがいだと。

この私の感想は、先に挙げたものより高級です。しかし、レッテルを張っていることにはまちがいがありません。

だから、マラソンにたとえると、井筒ら第一集団にはいません。どんなに過大に評価しても、せいぜいが、第二集団です。

井筒俊彦は、
おそらく、習得したものの意味付けをあまりしないで、習得したAの写像を、Bの写像に重ねて新しいものを合成するということをやったのだと思います。非言語的アプローチです。Aがイスラム神秘主義、Bがアートマンというように。

それで、新しいものを作り出したか…そこまではよくわかりません。

7 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年08月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031