私が生涯に、本当に頭がいい…と思った人は、三人います。
ところが、頭の良さが本人にプラスに働いているか…というと、そうでもありません。
(この記事でいっている地頭は、会社員や公務員の地頭でしょうから、除外します)
以下のような理由から、本当に頭がよくなるのも考え物だと思います。
1 敵がいなくなるから、反省がなくなる。
私の指導教授がそうです。
政治思想などは、最初に降りかかってくるのは、思い付きです。
たとえば、「みんなで話し合って…」。
話し合い自体が、非常にいかがわしいものだったりしますが、それは、スルーされます。
「人間の尊厳」
私は、最も嫌いなものは人間です。現象としても、自分を犠牲にして人を救いたいなどという人間は、ほぼ、いません。
これらの言葉が出てくること自体、アウトだと思いますが、こういう、最初に降りかかってきたideaを正当化する力が、地頭がいい人には非常にあります。
つまり、最初のideaを反省することが出来なくなります。
2 巫女的になる。
1を乗り越えるのが、巫女的な知性のスパークです。たとえば、「マルクスは、貨幣が循環論法であるということに気付いていたが、信用付与が�召世箸いΔ海箸�Yであり、革命理論の正当化のため、スルーした」などを閃く力です。
ところが、閃くこと、すなわち理解することと、書くこと、すなわち構築することは、全く違います。
まあ、最近の大学院生は、後者にしか長けていない人が多いですが、閃きだけを大切にするのは、考えものです。
自分のことになりますが、ある時期に研究をやめようと思ったことがありました。文学部系の学問にはつきものですが、どんな怠け者の研究者でも自分しか知らないことがあります。ジャンルによっては、もう亡くなった師の言葉など、原理的に世界中で自分しか知らないことがらがあり、残さないともったいないです。
だから、それらをネット公開しようと思いました。ところが、そうしようとすると見えてくるものがあります。他人に差し上げようと思うと、知識の正体が見えてくるということです。結局、公開をやめました。
自分の理解を自分だけのものにしようとすると、そこで進歩が止まります。
私の知見などは、全く大したものではありませんが、構築しないといけません。むしろ、「何だ、こんな程度しか考えていなかったのか…」という絶望を覚えるために、構築するものでしょうね。
3 能力を過信する
身体論ではないですが、脳に重きを置きすぎるのは、近代病だと思います。
スポーツ選手も、引退の時期を考えます。
ところが、今、頭の良さは、人間の最大の能力と考えられていて、70になっても恐ろしく頭がいい御大級の人がいますから、そこに頭が回らないのではないでしょうか。
猫をみてもわかりますが、動物がもっとも頭がいいのは、性的成熟に達するときです。実家の猫も、八か月ごろ、取っ手を飛びついて回したりと、とんでもないことをやっていました。それから、少しずつ衰えていきました。
70になっても恐ろしく頭がいいのは、衰えないからではありません。衰えていますが、頭を組み替えているからです。
その辺りの秘訣は、地頭が良すぎる人には、かえってわからないかもしれません。ご本人たちも、わからないようです。
■周りを唸らせる!地頭がいいと思う人の特徴3つ
(Suits-woman.jp - 03月11日 11:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=211&from=diary&id=6004600
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