mixiユーザー(id:12410478)

2019年11月10日08:34

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京アニ犯人の供述について。

「死刑」云々は、もう論点が出そろっている感があります。
カール=シュミットの天賦人権説批判のような、面白い論点は、mixiでは見たことがないですから、
「死刑にしろ」という人に対して、「この人は勉強もしないで、同じことを繰り返し、暇で気の毒な人生だな…」という感想を抱くだけです。

だから、別のことを書きます。
それは、コンペの危険性です。
ハーレクインロマンスがそうだという話がありますが、ストーリーというものは、コンピュータで作れますし、出そろっています。

つまり、何を書いても、類似してしまうわけですし、盗作になります。
だから、コイツの主張が妥当であるかは知りませんが、「盗作された」という声が出るのは、当然と言えば当然ですね。

特にラノベは、文章表現やコンセプトよりもストーリー展開が重要ですから、一部分が似てしまうのはやむを得ないところでしょう。

話によると、統合失調の発症率は1%とか。その百人に一人が全て妄想を抱くわけでも攻撃的になるわけでもないでしょうが、「盗作された」と思うのは、ありふれたことでしょう。新人賞の主催者はそれを織り込まなければならなくなりました。
佐野研二郎が多摩美の教授に居座る時代です。
盗作は、ありふれたこと、尋常な手段ではもみ消されると、思いつめる人が出てくるでしょうね。

どうも、勝ち負けを争うというこの形式自体がいけないと思います。

サミュエル=ベケットは、ノーベル賞を取りますが、『モロイ』の初版は、一冊しか売れませんでした。出版社が先見の明があったのでしょうが、進み過ぎていて受け入れられないものもあると思います。勝ち負けがいけないというのは、そういうことも含みます。

社会保障制度がしっかりしていたら、余暇を楽しみ、勝ち負けに囚われずに悠々と創作できます。それこそ、本来の姿だと思いますが。

純文学のコンセプトは、というと、

言語の破壊 … ジョイス
解釈の相の多重化 … ロレンス=ダレル
時間の再編成 … プルースト
時間的継起性の破壊 … コルターサル

と、二十世紀には、相当なものが進展しました。
新しい進展があれば、それぞ、「盗作」などということが、根本的に言えない新しいものになるはずです。

ところが、詩が二十世紀に衰退したように、二十一世紀は管見に係わる限り、新しいものが行われなくなった感があります。

■「死刑になってもいい」京アニ事件の容疑者、聴取に話す
(朝日新聞デジタル - 11月09日 20:14)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5858264
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