おととい、
睡眠時幻覚のときに、面白い幻覚をみました。
大学時代の会話を思い出したものです。
篠山紀信さんに、『135人の女ともだち』という写真集があります。女性アイドルを写したものです。着衣もセクシーショットあります。
その中に、若いころの神保美喜さんの後ろ姿の上半身があります。確か、浜辺で上を脱いで後ろを向いているという設定で、背中をあらわにして、胸を手で隠し、横向きの美しい顏を見せています。
友人とみていて、「抱きしめたい」と言ったら、友人が「抱きしめられたい」といいました。「お前は、ヘンタイか」と、笑い話になりましたが…妙に引っかかっていました。
おととい、その理由がわかりました。
神保美喜さんの魅力は、存在し、その魅力にぼくらは別の観点から惹かれた。
だから、「抱きしめたい」「抱きしめられたい」という矛盾する二つは、共に正解であるし、彼女とは何らの関係もない。
他者などのモノは実在するかもしれないが、理由や感情は虚妄であり存在しない。
そんなことを考えて眠りました。
では、理由はどんなものでも存在しないのでしょうか。
もともと対象に内包されているものは、存在するでしょう。
2a+2が、偶数であることを証明せよ
と言われたら、誰もが2(a+1)とするでしょうが、この性質は、誰が発見するまでもなく、もともと式に内包されたものです。
…というところで、考えが止まっています。
友人と飲みました。
非常におしゃれな串焼き屋。
彼が早稲田の学生のころ、近くで同棲していたなどの話で盛り上がりました。
野暮用が続きますが、こういう語らいのときを大切にしたいと思います。
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