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2019年06月28日08:57

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以前から差別があっても否定しなかった国

「さわればうつる」「こどもに遺伝する」という偏見はそりゃ昔からあった。
映画にもなった「砂の器」を持ち出さなくても、世界中で昔から
らい病患者を山に捨てたり谷に住まわせたりして隔離してた。

ただ、日本以外の国は隔離政策をかなり前にやめている。
昭和27年にらい病の特効薬が発見されたのがはずみをつけたけど、
その昭和27年より前に「らい病患者を隔離しても感染予防にならない」とWHOは発表し、
いろいろな国で隔離されなくなった。
その特効薬発見の翌年、昭和28年に日本は
明治40年に実質制定され、昭和6年に「籟予防法」と名前がついた法律を
「らい予防法」と名前を変えて改訂、隔離政策を続行した。

国が隔離を続けるということには意味がある。
「隔離しなくてはいけない病気」と国が考えている、という意味で。
らいは外見の変化があるので見かけで差別を受けやすいが、
そういう差別を受けないための隠れ場所、シェルターとしての意味なら
なぜ外出に厳しい制限があり、無断外出で独房監禁の罰があったのか?
「こどもに遺伝する」という間違った認識も、
施設内での患者どうしの結婚は認められていたが、
結婚の前提として避妊手術を受ける必要があり、
もし妊娠した場合には有無を言わせず中絶させられていた、という事実があれば
「ほらやっぱり、こどもに遺伝するから生ませないんだよ」と世間は考える。

結果として「らい病患者がいる家の子と結婚してはいけない」という認識が流布し、
らい病患者を出した家では子の将来のために患者家族であることを
隠すしか方法がなかった。
国が「感染力が低く、通常の接触ではうつらない」「治療薬がある」
「こどもに遺伝しない」ときちんと発表してくれていたら、
謝った認識は、すぐにではなくてもだんだんに消えたと思う。

らい予防法は平成8年にやっと廃止された。
らい病施設に閉じ込められていた患者さんたちは、やっと自由に外出できるようになった。
でも、やはり差別や偏見は残り、家族に自由に会うことははばかられたし、
施設の外でアルバイトについても、映画「あん」のような結末になりかねなかった。

前から差別があったのだから国に責任はない、というのは
あまりにも無責任だ。
国が隔離政策をとる法律を国際基準に反して維持し続けたのだから、
優生保護法の被害者に賠償するように
(優生保護法が母体保護法と改姓されたのも平成8年で同じ)、
らい病患者家族に対しても責任を認めるべきだ。

ハンセン病家族訴訟 どう判断
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5677760
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