天才は、既存のコンセプトを壊す人でしょう。
「天才」というと、本当に、天才の意味になってしまいますが、
既存のコンセプトを壊すという点では、ぼくもあなたも天才です。
だから、以下は「創造する人」と呼びます。
問題は、それを育てる環境です。
会社のことはわかりませんから、文系の勉強のことにします。
今は、先輩後輩のよい関係が、なくなりつつあります。
同級生は、数が限られていますから、
飲んで話を聞いてもらえる人が、是非とも必要です。
「創造する人」には、いろいろなタイプがいます。
1 大言壮語するだけの人
このタイプが多いのですが、本人が自分でもやりたいことが分かっていないというケースが多いと思います。あるいは、やりたいことをやるためには何が必要かわかっていないケースです。
秀才と話すことにより、それに気が付くことがあります。
何が必要かは、秀才の代表格である偉い先生(高校でも大学でも)に習うことで身につきます。
しかし、やりたいこととどうしたらいいかは、教えてもらえません。
たとえば、
私の専攻の国文学は、影印本読解(古文書読解)、構造主義ナラトロジーなどという、なかなか身に付けられないスキルがありますが、
全部身に着ける必要はない、自分のニッチを狙えばいい…ということに気付きにくいです。
なぜそうなるか。秀才である教官が、指導力がないわけでも薄情なわけでもありません。
大学や大学院の場合、先生はご自分のニッチに属するスキルを学生に教えるからです。
2 先に進み過ぎている人
自分や後輩ではありませんが、先輩にいました。
学会の百年先を進んでいる人です。
このタイプも、スキルを身に着けにくいです。
なぜならば、先行する手本となる方法がない場合があるからです。
このタイプは、傘下に秀才を置いて、その秀才にアイディアを授けるなどの形で生きていくしかないかもしれません。そういう人を存じ上げています。各ジャンルの友人が集まって酒を飲み、議論しています。
たとえば、××学の教授某は、××学に必要な語学その他は自分で勉強して、定期的に飲みに来るという形です。
3 独特の世界観を持つ人
これは、同じような仲間を探すしかないですね。
しかし、たとえば、曼荼羅。
見ていると、美術や佛教、仏教系新興宗教やら、果てはカレー好きまで集まってきて、なかなか大変なようです。
あるグループの人間関係に入り、そこで知り合った、別のグループに入るということを繰り返して、ようやく居場所を見つけて、そこで話を聞いてもらい、勉強する。そういうパターンの行動をとる必要があるようです。
…
キーワードは、飲み会です。
利害損得を全く離れた人と飲む。
こういう健全な人付き合いができるかどうかだと思います。
ある学会が撥ねてから、飲みに行こうとなりました。
みんなは、たまたま話を聞きに来た、全く素人の人を含め、居酒屋に行きましたが、�沼膤悗篭擬�を中心に、別の店に行きました。しかも、院生たちはリクルートスーツです。
こういうこともあるでしょうが、そればっかりだと本音の話を聞いてもらえません。
私は、幸運にも中國隠避思想の友人に、若いころに恵まれました。特殊だったからこそ、おつきあいが出来たという面もあります。
しかし、今、そういう場があるか。
どうも昨今は、表面的なタコつぼのような付き合いが流行っているようです。
凡人は共感できず、秀才は妬む──。日本で天才が育たない理由、構造を解き明かす!
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=141&from=diary&id=5503874
ログインしてコメントを確認・投稿する