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2018年11月30日07:19

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元号について。勅撰和歌集、ホンモノの教養人、西園寺公望。

元号を認めるとしたら、保守派の意見はもっともですね。

私は天皇制の是非は置いておいたとして、天皇に文化的な行為の主体性をもっと認めるべきだと思います。政治とは無関係だから。
たとえば、勅撰和歌集を編纂してもいいと思います。
塚本邦雄の逝去により、この人に編者になってほしいという人がいなくなりましたが。

それにしても、師の言葉が思い出されます。
難読の氏名の人、字が複数ある人は大変だと。
その時、どんな例を挙げたか、今、出てきませんが、
角谷弘という人は、紙に書いたら「スミヤ」ですと言わなければいけませんし、口頭で述べるときは「弘法大師の弘です」と付け加えなければなりません。長い人生での累積した時間のロスは測りしれないということですが、元号も同じです。

西暦、元号の変換で、どんなに時間のロスがあるか。
国民全体では、大変なことになります。

官公庁は、西暦。
元号も認める。

その代り、新元号は、浩宮さんが独自に識者を集めて決める。
これは仕方がないから、国文、漢文、国史、東洋史の専門家の互選で候補者を選んで委嘱する。今の政治家で、元号問題に関与できる人はいません。

西園寺公望などは、「身に寸籍も帯びず」、「これは、大理国で使われていたからダメだ」などと元号決定の場で意見を述べたそうです。

そういう、教養に富んだ政治家はいません。

西園寺は、フランス留学組で、ソルボンヌで学士を取った人ですが、
昔は、東西の相互排斥があったものの、西園寺のような具眼の士は、東洋のことにも深い造詣がありました。
彼は、キリスト教とは距離を置いたので、
「妻といふものは、男の持つまじきものなり」
を地で行って、正妻を生涯もたず、妾に子を産ませ、政府要人としての外遊のときにも、帯同させました。

ところが、妾の一人に不倫されるという事件にもあっています。

人間臭い人です。

グルメとしても、あの北大路魯山人が一目置くほどの人で、
公望が魚屋に鯛の小さな切り身をオーダーしたとき、
「恐らく、腹の前のあたりのところだろう」と魯山人は推測しています。園候なら、一番うまい場所がわかるだろうということです。


新元号、内定段階で公表検討
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5390462
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