日本でも盛んに盗掘が行われました。
現に仁徳天皇陵の宝物は、ボストン美術館に展示されています。
『百練抄』によると、鎌倉時代に天武天皇の盗掘犯が晒しものになったという話があります。
持統天皇の盗掘をした犯人については、『明月記』において、
「於女帝御骨、為犯用銀筥、奉捨路頭了、雖塵灰猶可被尋収歟、等閑沙汰猶可悲事歟」
とあります。
犯人は、火葬された女帝の銀の骨壺を狙った。だから、骨は道に捨てた。塵は灰でも集めることは出来るのに、やらないとは悲しいことだ。
という意味です。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991255
(明月記三巻。国会図書館デジタルライブラリー。後ろの方です。嘉禎元年六月六日。六月は、閏六月の前に書かれています。)
藤原定家は、お骨を尊重していたが、役人は違った。
ここがおもしろいところ。
少なくとも、日本人は…中国人は…というアフォみたいに単純な話ではありません。
『明月記』の記述は、
天皇への敬意が役人になかったとも、
役人が舎利を尊重せず、アートマンとブラウマンとの一体化のような、別の教えを信じていたとも考えられます。
院生のころ、秋月龍��師の教えを受けましたが、アートマン、ブラウマンの関係についての典拠は聞かなかったです。
禪なのか…と思いましたが、なかなか出てきません。
教外別伝ならば、ヒントを聞いておくべきでした。
中国の歴代皇帝の墓は盗掘されるのに、なぜ日本の天皇陵は無事なのか=中国メディア
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=97&from=diary&id=5322277
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