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2018年07月16日06:09

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ご冥福をお祈りします。大岡越前がはまり役だった理由は。

加藤剛さんというと、大岡越前が自然と思い浮かびます。

この役がハマり役なのは、大岡越前が、保守的な能吏だったということです。
大岡氏は、三河の小豪族でした。
一族が関が原や大坂夏の陣で討ち死にするなどがあり、大岡忠相が家督を継いだころには2000石近くの大身旗本になります。
書院番、地震の復興奉行(元禄大地震)から、遠国奉行(山田奉行)、江戸町奉行というコースは、家格相応の出世です。たまたま名門の家を継いで、幕府のシステムに適応した、能吏だったからでしょう。
(しかも、格式は高くても駿府勤番や納戸奉行など誰でも勤まる職ではなく、難度が高い職を歴任しています。書院番だった若者のころから、能力を認められていたのでしょう。)

最終的には、1万石強まで加増され、大名に出世しますが、『大岡政談』の名さばきは、ほぼ創作でしょう。

彼がやったことは、日本的な自治です。

相互扶助。小石川養生所創設と町火消の再編。
株仲間の公認と監督。
貧民救済と、実情に合った自治(町火消の任務は、延焼を防ぐための家屋の取り壊しです。町内に住んでご近所の実情を知らないと務まりません)
風紀の粛正(養生所は男女別の部屋です。女性患者の世話は女性がやったそうです。私娼も禁止しました。私娼は、地域を超えて広がり、吉原や品川などの特定の地域外の橋の下などに突然できるから、弊害が大きかったのでしょう。)

株仲間を公認したのは、物価の安定のためです。
業界に自治を認める代わりに、暴利を貪ったり、危ない価格破壊が起きないようにしました。

現代の業界団体(圧力団体になったが、極端なものが出ない防波堤の役割りをしている)
性風俗(お目こぼしをする代わりに、暴力団が誘拐した少女を監禁して売春させるなどの悪徳を防いでいる)
のあり方とそっくりであり、実際的です。

何のことはない。良くも悪しくも、大岡越前守は、今につながる日本式公共システムの作り手の一人でした。

印象に残る政治家というと、チェ=ゲバラや田中角栄など、激しい人ですが、大岡忠相などの実務的な保守政治家が果たした役割も大きいものがあります。

加藤剛さんは、若いころ、相当のイケメンでした。『暴れん坊将軍』で大岡越前の役をやることになる横内正が、「こんな美男子がいては…」と、敵わないと思ったそうです。
強烈な保守のイメージがあり、大岡越前にはピッタリでした。

それもそのはず、実家は地主であり、お父さんは、昔の田舎では名士中の名士である、校長先生でした。
都立小石川高校から、早稲田大学。
いい家に育った、真面目な秀才です。

私生活では、酒も煙草も呑まなかったそうです。

ご冥福を心からお祈りいたします。



■加藤剛さん死去=「大岡越前」、映画や舞台で活躍−80歳
(時事通信社 - 07月09日 10:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5191807
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