秋深しと言うと、すぐに「秋深し 隣は何を する人ぞ」の芭蕉の句を思い出します。
しかし、本当は「秋深き 隣は・・・」が正しいようです。
この句は芭蕉の弟子である各務支考の「笈日記」によると、
1694年(元禄7年)9月28日に、
大阪滞在中の芭蕉が弟子の根来芝柏宅で行われた俳句会に
病気のためやむなく欠席したとき、句会の発句として書き送ったものとなっています。
その意味は、句会の出席者に対し
「こんなに秋が深まった良い季節に、皆さんは何をしているのですか?
(句会ですか? 私は欠席してしまい、すみません)」ということになるのだそうです。
つまり、一見すると一般的な感慨や情景を詠んではいるのですが、
暗に大阪蕉門の連衆を「隣人」に見立て、
自身の欠席に対するお詫びを含めた挨拶の句との事ですが、どうでしょうか?
僕は、「秋深し・・・」の方が良い句に感じられますが。
芭蕉はこの句を詠んでから急速に具合が悪くなって、
旧暦の10月12日(現在の暦では11月28日)に死去しています。
享年は51歳でした。
芭蕉と言うと、かなりの年配のように感じますが、
当時としてはそれほど若くはないのかも知れませんが、今では夭逝ですね。
与謝野鉄幹の詩に「人を恋うる歌」があります。
「妻をめどらば才たけて」で始まる有名な歌で、16番まであります。
その4番に次の歌詞があります。
あゝわれコレッヂの奇才なく
バイロン、ハイネの熱なきも
石をいだきて野にうたふ
芭蕉のさびをよろこばず
この詩は1901年(明治34年)に発表されているようなので、
鉄幹が28歳頃の作品でしょう。
「芭蕉のさびをよろこばず」と言い切ってしまうのに若い人の潔さを感じますね。
因みに、コレッヂはイギリスの詩人で批評家のコールリッジの事だと思います。
余り馴染ない人だからでしょうか、ダンテに代わって覚えている方も多いと思います。
今日は、朝から冷たい雨の降る一日になりました。
寒かったですね。
午前中出掛ける所がありましたが、
戻ってからは、中途半端だった夏物と冬物の入れ替えをして、
炬燵でぬくぬくしながら本を読んだりしていました。
こんな日も悪くはないですね。
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