たとえば、職業別に考えてみましょう。
字が汚い職業は、圧倒的に医者です。
昔から、医者の悪筆といいますが、酷い字の人が見受けられます。
医者こそ、
受験生時代は、各科目を文句を言わずにまじめにこなし、
職業人となってからは、堅実に定説通りの治療を行う人です。失敗する可能性の高い独創的なことをする人ではありません。独創性がある人でも、その独創性の発揮が許されない環境にあると思いますが。
このブログの説は、
医者が活字のような字を書き、
芸術家が、読めないような字を書く…というなら納得できますが、現実はそうではありません。
また、
林氏が、どの程度本気で言っているのかわかりませんが、
東大志望者で、特に優秀な人は、半分以上が字がうまいです。むしろ、字が下手な人は、スレスレで通るかどうか…というタイプでした。
恐らくは、
東大に上位で合格する人にとって、学校の勉強は簡単なのでしょう。能力が高いから、普通に何でもできるのではないでしょうか。英語も数学も、習字も。その気になれば、美術や音楽も…
このブログの筆者は
きれいな字 … 型にはまり、既存の秩序を受け入れる。
汚い字 … 型から外れ、既存の秩序にない世界を追求する
と言いたいようですが、それは、空想の産物です。
ただ、同時に、
整っているだけの、面白くない字の人は、本当に面白くない人だということは、
確率の問題ですが、ある程度言えると思います。
先般、論文の抜き刷りをお送りした、斯界を代表する大御所の先生方何人かから、ハガキを頂戴しました。この先生方は、学界の頂点に位置する方ですから、言われたことをそつなくこなす秀才型のパーソナリティと、独創性を発揮する天才型のパーソナリティの二つを高度に両立させている方々です。
勉強した字の方も、まったく勉強しない字の方(いわゆる悪筆の方)もいらっしゃいましたが、馥郁たるその方らしさが感じられるものでした。
書道的に評価できるかはともかく、何回も読み直したくなるような魅力のあるものばかりでした。
そういう字のテイストは、子どもに教える学校書道とは無関係どころか、対立するものではないかと思います。
美しさと秩序は、無関係です。秩序通りに美しい場合もあれば、横紙破りで美しい場合もあるでしょう。
「きれいな」とは、秩序通りという意味と、秩序や様式性とは無関係に美しいという意味の二つの意味を持つと思います。
実は「字が汚い人」ほど頭がいいってホント?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=4164033
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