昨日は、同居人の大学時代の友人が墓参りに宇都宮に来てくれました。
1人の方は、北海道からです。
多分他の用事もあったのでしょうが、東京にいる娘さんの所に一昨日来て、
昨日の夕方には北海道に帰るとの事でした。
もう1人は、東京在住の方ですが、一緒に来られました。
僕はお2人とも初対面でしたが、お名前は承知していました。
毎年年賀状が来ていたので、
同居人がそれを見る度に、今年は会えると良いなぁと言っていたのを覚えています。
同居人の病気については、彼女の幼なじみ以外誰にも知らせませんでした。
彼女も知らせる事を望んでいませんでしたし、
病状の進行も早く知らせる間もありませんでした。
今年の2月、寒中見舞いを出したので、同居人の死を知り、電話は頂いていたのですが、
東京に住まわれている方も体調を崩された事などのため、
昨日になってしまったとの事でした。
JR宇都宮駅の新幹線改札口で待ち合わせをして、
直接霊園の墓にお参りして頂きました。
その後自宅に来て頂いて、宇都宮名物の餃子を食べに行きました。
お2人とも、とても喜んでくれました。
その後、また自宅に戻ってコーヒーを飲んで話をし、
駅までお送りして、改札口で別れました。
お2人から、同居人の学生時代の話を聞く事が出来ました。
僕の知らない事ばかりでした。
遠路、わざわざ宇都宮まで来て下さって、本当に有り難い事だと思いました。
昨日はお2人がお帰りになった後、職場に行きました。
行って色々話をしている内に遅くなってしまい、
日記を書く力がありませんでした。
今日は土曜日でしたが、仕事でさくら市に行って来ました。
少し早目に家を出て、
さくら市ミュージーアムで開催されている喜連川文書展を観て来ました。
喜連川氏は足利氏の後裔の大名です。
石高は僅か5000石でしたが、豊臣秀吉の計らいで家を再興し、
源氏の末裔を称する徳川家康からは石高に係らず、10万石の家格を認められていました。
江戸城に登城した大名や旗本が、
将軍に拝謁する順番を待っていた伺候席と呼ばれる控席でも、
喜連川氏は大廊下下之部屋が与えられていました。
上之部屋には御三家などが詰めていましたが、
下之部屋は加賀藩前田家のほか、福井藩松平家が詰めていました。
その喜連川氏の引き継いで来た文書が展示されていて、中々面白かったです。
その後式典に出席して、漫画家のちばてつやさんの講演を聴いて来ました。
ちばさんは、現在宇都宮文星芸術大学のマンガ科の教授をされています。
「明日のジョー」などの漫画で有名な方ですが、
僕は「紫電改のタカ」や「ハリスの旋風」の頃からのファンです。
細かい点にも気を配られたようなお話で、
色々な漫画や力石徹が死んだ後の実際に行われた告別式の写真なども使って、
とても良い講演だったと思います。
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