辻邦雄の発言に、「書きたいものを書きたいだけ書いているから、山本周五郎は本当の作家だ」という趣旨のものがあります。
バルザックもそうでしょうし、平井和正もそれが当てはまります。
文庫本数冊も掛けて、午前の戦闘が終わらない。
『幻魔大戦』の全体の構想も迷走を続けました。
しかし、辻の発言が傾聴に値するのは、辻はフランス文学の教授であると同時に、実作者であるからです。同様に、消費者の目線から論じる、評論家は一般に嫌われるものではないでしょうか。
「早く始れ」「バージョンが多すぎて、どこをどう読んだらいいか、わからん。」というのは、あくまでも、受け手側の言い分。
送り手側は、自由に書いているわけだと思います。
SFというものは、世界批評の面があると思います。
転生や超能力ももちろん、パラレルワールドなどは、単なるファンタジーではなく、世界のあり方の批評です。云うまでもなく、その批評は、この世界に生きている我々に跳ね返ってきます。
私は、SFは詳しくありませんが、
その後の作品は、『エバンゲリオン』にみられるように、アイデアそのものではなく、アイデアの描写が、世相や青年心理を反映したものになっています。
ところが、平井さんは、
SFが提示する世界のあり方や世界構造が変更されても、世相の反映ではなかったと思います。
巻き込まれなかった人という評価も可能かもしれませんが、
そうなると、GLAとの急激な接近と、その後に置いた距離をどう解釈したらいいか…という問題が残ります。
GLAのコンセプトは、実は仏教ではありません。
守護霊や降霊術は、世紀末のミュンヘンのものです。
便利だから、新興宗教の世界観に組み込まれました。
もしかしたら、その当たりに気づいたのかもしれません。
SF作家・平井和正さん死去 「幻魔大戦」「8マン」など
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=3231654
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