本日の世見 2026年10月23日(金曜日)
『イラン』
世界地図を見るとき、「楽しいなぁ、ホントに楽しいなぁ」と思いながら、ご覧になってみませんか。
80億人もの人が、世界地図を見てどのように思うか。海の部分を見ていると、クジラさんが見えてくるかもしれません。
北半球には陸地が多く、南半球には海が多いのにも気づきます。
北半球の陸地は、南半球の2倍強もあるんですよ。
近頃は地図を開くと、まずイランに目が行きます。
時折、イランではなくペルシャという国を探したくなったりしますが、すぐにペルシャがイランの旧国名だったことを思い出します。
ペルシャといえば、「絨毯」と「シルクロード」です。
この度の戦争が始まるまでは、テヘラン市長も休日には郊外に出かけ、冬はスキー、夏はカスピ海での水浴をしておられたかもしれません。
でもね、今はどうかわかりませんが、「カスピ海へと向かう道は狭く、曲がりくねっており、大変な危険が伴い、着くまで数時間もかかった」と、今誰かが教えてくれました。
テヘランから50キロほど西にある都市、カラジ(カラジュ)には、大きなダムがあって、ダム湖では水上スキーやヨットが楽しめ、湖畔にはホテル、レストランもあったみたいです。
「このカラジから1000キロほどのカズラン(カーゼルーン)に着くと、古代ペルシャの面影が見える」と、また誰かの声がしました。
テヘランの南方約150キロもあるコムの町で最初に暴動が起きたのが1978年の1月。
この暴動が広がってイスラム革命が起きたことから、コムは「革命の震源地」と呼ばれているとか。
この町では、外国人は歓迎されなかったといいます。
コムはマシャド(マシュハド)の町とともにイランの二大聖地で、ホメイニ師のような最高位の聖職者アーヤトッラーたちの住む町として、町全体がシーア派のために造られているようです。
「シーア派はマホメッド(ムハンマド)の後継者たる導師(イマーム)は預言者家族の一員でなければならない」として、アリーの血統にイマームの権威を認め、十二イマーム派では第12代のイマームは姿を隠したとされています。
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