吉藤 オリィ
久々にnote書いた
思えば私の父は奈良県の中学校の先生で、専門は社会だが養護学級(現:特別支援学級)の担当をする事もあった。
その事もあってか物心ついた頃から私の家には近所の知的障害の女の子や、私と同じくらいの身長のおっちゃんが遊びに来ていた。
車椅子や松葉杖も、同世代より早めに眼にしていたと思う。
大学に入ってからも私の周りには音をまったく認識できない友人もいたし、幻覚の隣人と話したり、勝手に体が動いてしまう友人もいた。
私はというと目が悪くコンタクトは-12Dと最悪レベルで、小学生のうちから瓶底眼鏡をかけていた。
世の中にはいろんな奴がいるんだなと思う幼少〜青年時代までを過ごした。
私にとってそれが日常だった。
健常者も障害者もなく、それぞれ困っている事は違うし、いろんな奴がいる。
足が速い奴もいるし、遅い奴もいて、動けない奴もいる。
そんなかんじだった。
そんな私から見ると、世の中の”障害”というものへの見方にどうも違和感を感じる事がある。
人も社会も強引に変えない、障害の選択肢モデル|吉藤オリィ
https://note.com/ory/n/n85d48814a988?sub_rt=share_pw
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