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2026年09月30日02:26

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恵那紀行16 大正浪漫館

 8月20日木曜日は明知城跡から降りた後、日本大正村の中枢施設の一つである大正浪漫館へ赴きました。
https://www.google.com/maps/place/%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E9%A4%A8/@35.3037544,137.3907444,18z/data=!4m6!3m5!1s0x600353b839055555:0x3319c14d53eafca1!8m2!3d35.3040345!4d137.3918856!16s%2Fg%2F1tdp9jwt?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDkyMy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
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 平成6(1994)年に新築オープンした施設で、日本大正村の初代村長である高峰三枝子(1918〜90)、日本大正村議会の初代議長である春日野清隆(横綱栃錦;1925〜90)の記念館です。敷地内にはバラ園があり、毎年6月上旬頃に満開となります。
 入館料は300円ですが、500円の三館共通入場券を買いました。
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 東京駅の精巧な模型です。
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 高峰三枝子コ−ナーです。
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 館の前には銅像も建っています。
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 春日野清隆コーナーです。
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 第44代横綱栃錦ですが、昭和49(1974)年から昭和63(1988)年にかけて日本相撲協会理事長を務めました。
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 やはり、館の前に銅像があります。
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 明知村出身の洋画家山本芳翠(ヤマモトホウスイ;1850〜1906)コーナーもあります。
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 明治11(1878)年から明治20(1887)年にかけてフランス共和国へ留学し、多数の作品をフランスで描きました。
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 法学を学ぶためフランスへ留学していた黒田清輝(1866〜1924)を説得して洋画家へ転向させた事でも知られています。
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 ただ、彼がフランスで描いた300〜400点もの作品は、フランスで建造され日本へ回航される防護巡洋艦畝傍(ウネビ)に積み込まれましたが、同艦が南シナ海で行方不明となってしまったため、全て失われてしまいました。この結果、彼の滞欧作は20点程度しか残っていません。
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 《灯を持つ乙女》です。
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 左が《汐干狩》右が《裸婦》〔重要文化財〕の複製です。
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 明智光秀が生きた時代の東濃戦国史コーナーもあります。
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 当地には三つの城砦がありました。
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 先程、登って来た明知城です。
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 仲深山砦です。
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 土岐明智城とも呼ばれる落合砦です。当地では光秀誕生の地とされています。
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 館の前には光秀の石像もあります。
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《続く》
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