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2026年09月23日07:52

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年9月23日(水曜日)

『一休さん』

第100代・後小松天皇の皇子とされる方って、どなたかご存じですか?
答は「一休さん」。
一休さんのお母様は、南朝公家の子孫でした。
後小松天皇から寵愛を受けていたのですが、「天皇の命を狙っている」と讒訴(ざんそ)されて、御所を追われました。
その後、民家で一休さんを産んだというのです。
まるで中国の時代劇のストーリーそのままです。

一休さんが生まれたのは1394年。
後小松天皇が生まれたのが1377年。
えーっ、後小松天皇が17歳の時、お子様の一休さんは誕生したのですね。
でも、後小松天皇は、足利義満に翻弄された生涯だったようです。
名前の前に「後」が付く天皇は、時代順に、
「後一条天皇」「後朱雀天皇」「後冷泉天皇」「後三条天皇」
「後白河天皇」「後鳥羽天皇」「後堀河天皇」「後嵯峨天皇」
「後深草天皇」「後宇多天皇」「後伏見天皇」「後二条天皇」
「後醍醐天皇」「後村上天皇」「後光厳天皇」「後円融天皇」「後亀山天皇」
そして次が第100代の「後小松天皇」です。
続いて、
「後花園天皇」「後土御門天皇」「後柏原天皇」「後奈良天皇」
「後陽成天皇」「後水尾天皇」「後光明天皇」「後西天皇」
「後桜町天皇」「後桃園天皇」
この「後」という字にはどんな意味があるのでしょうか。
今、とても気になりました。

一休さんに戻りますが、実在の一休宗純さんは、とても気性が荒く毒舌だったことから、「風狂」(=変わり者)と呼ばれていたといいます。
一方では、とても厳しい修行をされて、独自の言い回しで禅の教えを説いたと言われていることから、人間味あふれる優しい僧だったとも言われています。
テレビアニメ『一休さん』の“とんちの一休さん” はフィクションかもしれませんが、伝説的な奇行の持ち主だったのを知ると、お会いしたくなるのは私だけでしょうか。
京都府京田辺市の「酬恩庵一休寺」にある一休さんのお墓は、一休さんが後小松天皇の皇子とされていることから、御陵墓とされて宮内庁が管理しています。


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