昨日は、妻の父の四十九日の法要に参列してきました。
本堂の静けさの中にやわらかい光が差していて、心がすっと落ち着く時間でした。
妻の兄夫婦、姪、甥夫婦、そして又甥の5歳の子まで集まり、
家族みんなで支え合うような、あたたかい雰囲気でした。
こちらは妻と娘と私の3人。息子は遠方ゆえ欠席でしたが、
妻の母の男兄弟お二人も加わり、総勢12人のにぎやかな集まりになりました。
昨日いちばん心が和んだのは、やはり又甥くんです。
折り紙を折ってあげたり、手をつなぎに来てくれて歩いたり、
小さなぬくもりにこちらまで優しい気持ちになりました。
法要のあと、妻の実家でみんなで食事をしました。
笑い声が絶えず、食卓の空気がとてもやわらかくて、
ふと「義父も天から微笑みながら見守ってくれているのだろうな」と思いました。
家族が仲良く過ごす姿を、きっと嬉しそうに見てくれていた気がします。
妻の家は浄土真宗で、
亡くなった瞬間に阿弥陀如来の慈悲によって極楽へ往生するとされています。
一方、私の家は真言宗で、
四十九日は六道輪廻のどこへ向かうのか、
あるいは極楽へ至るのかの審判の日という意味合いがあります。
六道というのは、天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄という六つの世界のことです。
私も妻も「葬式はいらない、直葬でいい、宗派も無宗派でいいよね」と話しています。
無宗派なら修羅・畜生・餓鬼・地獄という輪廻も避けられるだろうから^^
時代が変われば、葬送の形も変わっていくのでしょう。
お坊さんの世界も、これから大変になっていくのかもしれません。
静かな祈りと、子どもの手のぬくもり、そして家族で囲んだ食卓のあたたかさ。
それらが心にやさしく残った一日でした。
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