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2026年09月12日23:17

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『オデュッセイア』

この映画、タイトルから分かる通りギリシア神話を題材にしており、ごく大ざっぱに言うと以前ブラッド・ピット主演による『トロイ』の続編といっても差し支えないかと(爆)。大ざっぱすぎ? ギリシア神話ものはとりあえずチェックするみっちです。公開初日に観たのですが、上映時間の都合で吹替版になりました。

ストーリーはギリシア神話を概ねなぞっています。もちろん尺の関係もあってナウシカアーとかは出てこないし、多少ひねった解釈もありますが違和感を感じるような改変はありません。現時点の描写としては遍歴中のオデュッセウスとイタケ島のオデュッセウスの居城の状況という二つの視点があり、過去シーンにはオデュッセウス自身の回想のほか、息子テレマコスがスパルタのメネラオスを訪問した際に語られるメネラオスの回想やオデュッセウスが呼び出した死者による回想が重ねられます。こう書くと錯綜しているようですが、実はカリュプソとの対話から過去を思い出して回想シーンが展開されるのは、ホメーロスも同じです。長い上演時間のわりには、退屈しないようにエピソードをうまくつなぎ合わせて物語の全体像を明らかにする進行になっていました。なお、木馬の計略からトロイアが陥落し、帰路につく回想シーンは何度かに分かれて描かれ、後述する本作のテーマに次第に近づくという手法を取っています。

映画はたまにしか観ないため監督のクリストファー・ノーランについては予備知識がありませんでしたが、CGが嫌いで「本物」志向、デジタルカメラでなくフィルム撮影というこだわりがあるようです。映像では、ギリシア兵の武具やサンダルなど細部にそのあたりが現れていたように思います。オデュッセイアがどの程度史実を反映しているかはわかりませんが、ミケーネ文明の時代のリアリティーには最大限努力しているようで、神話の尊重ぶりも合わせて好感が持てました。にしては会話では「オッケー」とかしゃべっているらしいですが、吹き替えではそれはなし(爆)。

現実に近づけるのはいいとして、ファンタジックなクリーチャーはどうするのか? 一つ目巨人ポリュペモスはリアルな動き。これは人間を映像技術で大きく見せているんだろうと思いますが、異様なのが斜めについている顔。これCGじゃないの? 巨人といえば、その後に現れるライストリュゴン族、キュクロプスほど巨大ではありませんがギリシア兵より二回りくらい大きく、『スター・ウォーズ』の帝国軍を思わせるような輝く鎧兜に包まれた兵士たちがいきなり無言で襲ってきたのはかなり怖い。ダメージもこっちの方が大きい。キルケーは中年女性で、オデュッセウスとのロマンスはなし。冥界行は死者を呼び出す降霊術に変えられています。テイレシアスが見られたのはよかったですが、個人的にはここでブラピを出してほしかった(爆)。セイレーンは遠景とマット・デイモンの顔芸のみで、うーん惜しいf^^;。スキュラとカリュブディスは、ややスケール小さめ。『パイレーツ・オブ・カリビアン』の例もあることだし、ここは盛大なCG渦潮もよかったんじゃないかと。ラストの居城での戦闘は、リアリティー重視のためかオデュッセウスけっこう苦戦します。そりゃまあ普通に考えれば1対40で勝つ方がおかしいわけで、ノーラン監督としてはそこに説得力を持たせたかったんでしょう。

配役で目につくのが、ヘレネとクリュタイムネストラの姉妹にアフリカ系黒人を起用したことでしょう。オデュッセウスの船団にもアジア系の兵士がいたことも含めて考えると、どうやらポリコレへの配慮かと。とはいえこの姉妹はスパルタの王女です。カストールとポルックスの双子とも兄妹で、父親はゼウスとも言われますから黒人という解釈はリアリティーなしでは? 「白塗り」批判を免れたいなら、ペネロペを黒くすべきだったんじゃないでしょうか? 彼女の母親は水のニンフとされているからまだしも可能性はある。また、東方由来とされるアフロディテを黒人にして登場させる手もあったでしょう。神々の中ではアテネだけが配役されていますが、彼女はその場にいながらなんの作用も及ぼさない存在でわざわざキャスティングした理由がわからない。

とくに不満なのは音楽です。神話の時代にどういう曲をつけるかというのは難しい問題だと思いますが、会話が途切れると場繋ぎなのか盛り上げたいのか、低音のドスの利いた圧迫感のあるBGMが流れ続けます。情緒や民族性も感じられない無機質なもので、脳ドックのときのCTスキャンの騒音を思い出しました。これが戦闘や嵐の場面ならまだしもというか、そういう場面でも映像とその場の環境音や自然音のみで十分迫力は出せると思うのですが、とにかくうるさかった。頭痛持ちにはきつく、会話になると収まるのでホッとしてました。ただこれは上映館の音響や方式によって印象変わるかもしれません。

最後に本作のテーマですが、「ゼウスの掟」が強調されます。簡単に言えば、客人を粗略に扱うなという社会的な共通ルールで、ギリシア人がこれを破ったことで自らの破滅を招いたと。古代史的には「紀元前1200年のカタストロフ」という、「海の民」やドーリア人の侵入によってミケーネ文明が崩壊し、以後500年間の暗黒時代に入ったという説があって、この「海の民」こそがギリシア人自身だったという解釈です。トロイアとの戦いでオデュッセウスが考案した木馬の計略は、「ゼウスの掟」を逆手に取って掟を守った敵をハメたもので、城町での虐殺やアテネの冒涜につながり、神々の怒りはここから始まったというわけです。強迫的なBGMは、もしかすると神々の怒りを示していたのかもしれません。オデュッセウスはペネロペへの求婚者たちを成敗しつつも、こうなったのは結局自分が原因だとやるせない思いに駆られており、復讐が終わると自分を除いて全滅した船団の仲間たちを弔うために西方に旅立ちます。

爽快感に欠けるエンディングですが、多数の犠牲の上に自分と自分の家族だけは守った形なので、やむを得ないかf^^;。もちろん、カタストロフ説が定説というわけでもなく、あくまでもひとつの見方として提示されているのでしょうけど。以上のように、各種のこだわりや事情も感じられる映画ですが、おそらくは現在の世界状況の反映でもあるのでしょう。21世紀のカタストロフがこなきゃいいですが。
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