「65歳で引退」はもう古い? ミドルシニアの「働きたい年齢」平均62歳に
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教育関係の人、特に教育史に詳しい人に聞くと、
部活はあり余る体力をそぐためにそもそも始まったと聞くことが多いです。
もちろん、そのそもそもの起源の話がが本当でも、部活の意義は別の話ですが。また、日本の制度はヨーロッパから移入したものだから、日本的な変形もあるでしょうが。
だから、部活は無価値だなどというつもりはありません。
放っておくと、暴力や男女関係などろくなことにならないから、締める。
高等小学校以上の話だが、他も同じ。尋常終了で社会に出る人も小僧となって、親方や兄弟子に締め付けられる。
そうして、一定の年限になったら、誰かが嫁を世話する。
そういう歴史の延長に、今の社会人の生活があると思います。
それは時代に合わないから変える、変えた後の新しい倫理なり生活パターンなりが必要だと思います。
週休4日という会社が、大学生に対する合同就職説明会でブースを構えたら、押すな押すなの大盛況だったそうです。もちろん、休みが多い分だけ初任給は低いそうですが。
社会にはいろいろなニーズがあり、いろいろな価値観を持つ人がいるということでしょう。
出講している大学に、社会人がいます。全て女性であり、上は六十、下は二十代後半です。社会人の会を作ろうという声が出たが、リーダー格であった大卒受けなおしの六十の人が断ったそうです。他の学生に溶け込んだ方がいいなどの理由もありますが、今までの、年長者、年少者という枠組みを追認することになるからではないでしょうか。
新しい関係や新しい価値観を作らないといけません。
年配者を敬う、これだけではダメです。
同じく扱うだけでもダメ。
たとえば、男女の交流のオフ会。
あれの典型的な失敗は、五十くらいの性欲むき出しの男が入ってナンパしまくることだそうです。そういうケースがあまりにも多いから、年齢制限を設ける。結果として世代の断絶が加速する。
自分と同じ人としか出会わない場は、よろしくないですね。
インターネットの検索がそうです。
猫を飼っていて都心で一人暮らしをしている二十代の女性なんて、星の数ほどいます。似たり寄ったりの人が検索して自分の鏡像と会う。これではネットがない時代以上の閉塞感があります。
今までの人間関係とは違う関係を構築しないといけません。
また、会社では年配者が失敗したとき、どう注意するかというガバナンスの問題でもあります。「年配者は使いにくい」とよく言われますが、年長者に対する敬意がその原因です。
では、叱ればいいのか。。
別の話に逸れますが
「何をやっているんだ、コラ!」式の叱責は、年長者相手ではなくても滅んでいるといっていいかもしれません。
横浜市長のパワハラなども恐ろしいですが、その反対の、何をしても叱らない、謝らないも別の意味で恐ろしいです。
考えると不安になります。気にしすぎですが、100歳以上生きたお年寄りのように何も気にかけないような境地を目指しています
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