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2026年09月01日02:36

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道東紀行33 米町公園 / 厳島神社

 8月3日月曜日は佐野碑園から西南へ向かい、米町ふるさと館を訪れました。
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 この建物は、明治33(1900)年に海産物商の渡辺虎蔵が店舗兼住宅として建てた二階建ての町家造りの建物で、釧路市内に現存する最古の建物です。往時の釧路経済の賑わいや、漁業で繁栄した商家の生活様式を伝える貴重な建造物に当たります。平成元(1989)年に当時の所有者であった田村家から釧路市へ寄贈され、翌年、明治・大正期の生活道具や米町に所縁(ユカリ)のある貴重な資料を展示する資料館としてオープンしたのです。
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 夏季の金土日曜日しか開館していないので、この日は入る事が出来ませんでした。
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 米町ふるさと館の向かい側には米町公園があります。 
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 この公園は、釧路発祥の地と呼ぶべき久寿里(クスリ)会所や船着場があった場所に位置し、当初は児童公園として都市計画決定されましたが、土地区画整理事業により公園区域が変更となり、昭和63(1988)年度から市内唯一の歴史公園として再整備されました。灯台の形をした展望台がシンボルになっています。
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 展望台からの釧路港眺望です。
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 展望台からの釧路市街中心部眺望です。
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 高浜虚子句碑です。「燈台は 低く霧笛は 峙(ソバダ)てり」
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 虚子は昭和8(1933)年8月に釧路を訪れました。
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 旧釧路港船着場跡です。
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 釧路港修築碑です。
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 釧路港は明治42(1909)年から近代的港湾へと修築されました。
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 石川啄木歌碑です。「しらしらと 氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の 冬の月かな」
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 昭和9(1934)年に釧路市内で最初に建てられた啄木歌碑です。当時は、まだ全国的に啄木の歌碑は僅少でした。
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 米町公園の南隣には、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)・阿寒大神(アカンノオオカミ)・金刀比羅大神・秋葉大神・稲荷大神・猿田彦大神・海津見大神(ワタツミオオカミ)を祭る厳島神社〔県社〕があります。
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 当社は、文化2(1805)年に久寿里会所の請負人である佐野孫右衛門が漁業安全を祈願するために安芸国厳島社を勧請(カンジョウ)したのが起源で、当時は久寿里会所のある真砂町のアイヌがカムイシュマ(神岩)と呼んでいた高台にイナウという先端部を細かく裂いた(削り掛け)柳や水木の棒を立てて祀っていた地(現南大通七丁目)にありました。
 一緒に祀られている阿寒大神を除く5柱も、文化年間から明治初期にかけて釧路に移住した和人が豊漁と航海安全を祈って道外から勧請した神々です。
 一方、阿寒大神は雄阿寒岳と雌阿寒岳を霊峰とする山神で、大山祇神(オオヤマツミノカミ)と同一視される場合もありますが、元来はアカンカモイという古くから信仰されたアイヌの神です。
 文化6(1809)年の『東行漫筆』にクスリ会所内に弁天・稲荷・山神が祀られていたと記され、同時代の絵図にも見えます。安政4(1859)年の『蝦夷日誌』には「鎮守の社<稲荷弁天>阿寒三社 美々敷立たり」と記されています。、明治5(1872)年の記録では熊野大神も祀られていました。
 明治20(1887)年に米町の金毘羅堂へ遷座し、明治24(1891)年に現在地へ社殿を新築して再遷座しました。「釧路国一之宮」と称し、釧路市民の守護神として信仰を集めています。
 例祭は7月15日で、明治34(1901)年には豊漁と豊作を祈願して、5月と10月の17日にそれぞれ春祭と秋祭を斎行する様になりました。
 昭和40(1965)年、境内に釧路支庁管内の3000余柱を祀る釧路護国神社が創祀されています。
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 昭和27(1952)年建立の拝殿です。
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 釧路護国神社です。
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 社宝として円空作観音菩薩坐像〔北海道指定文化財〕があります。円空は寛文6(1666)年から翌年にかけて蝦夷地に滞在していました。台座背面に「くすりのたけごんげん」と刻まれているため、「くすりのたけ」と呼ばれる山の神を鎮めるためにその本地仏と観想された観音像を彫ったと推定されています。本来は現豊浦町礼文華(レブンゲ)の噴火湾に面した洞窟の中に安置されていましたが、「くすりのたけ」から久寿里(クスリ)が連想されたため、寛政11(1799)年に東蝦夷地が天領となった際、盛岡藩士松田伝十郎によって久寿里会所へ移されたとされています。
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 厳島神社の南方には釧路埼灯台があります。初代は明治24(1891)年に開設され、現在の物は平成13(2001)年に建設された三代目です。一般的な塔型灯台の形とは大きく異なり、釧路港船舶通航信号所庁舎ビルの最上部に灯火や通信設備を設置した特殊な構造をしているため、航空母艦の艦橋を彷彿とさせます。
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《続く》
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