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2026年08月23日00:54

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道東紀行24 釧路湿原

 8月2日日曜日は「レストハウス 憩っと」でランチの後、親友バカネコ氏と共に隣接する釧路市湿原展望台に赴きました。
https://www.google.com/maps/place/%E9%87%A7%E8%B7%AF%E5%B8%82%E6%B9%BF%E5%8E%9F%E5%B1%95%E6%9C%9B%E5%8F%B0/@43.0738773,144.3193071,18z/data=!4m6!3m5!1s0x5f72151a14393ac7:0x86058d323078a1d2!8m2!3d43.0739325!4d144.3205794!16s%2Fg%2F1tqcl0bl?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgxNy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
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 釧路湿原は、釧路市・釧路郡釧路町・川上郡標茶町・阿寒郡鶴居村の四市町に広がる日本最大の湿原で、面積は約26000haに及びます。このうち中心部の7863haがラムサール条約登録湿地であり、28788haが釧路湿原国立公園となっています。
 10000年前まで続いた氷河期には、地球上の水が氷河として大量に地上に堆積したため海水量が減って海水面が低下し、釧路湿原一帯も完全に陸地化していました。その後、気温が上昇して海水面が上昇した結果、約6000年前には気候が現在より温暖化し、海水面も今より2〜3m高くなる縄文海進が起きます。当時、釧路湿原一帯は大きな浅い湾を形成し、気温も現在より平均2〜3℃高く、現在の東北地方と似た気候でした。湿原周辺に存在する当時の貝塚からは蛤(ハマグリ)や潮吹(シオフキ)等の貝殻が見つかっていますが、これらは現在は宮城県以南に生息している種です。
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 その後、気温低下に従って海水面も低下し、4000年前には現在の海岸線が形作られました。釧路湿原では湾口部に砂洲が発達し、内陸部は水捌(ハ)けの悪い沼沢地になりましたが、生い茂った葭(ヨシ)や菅(スゲ)が冷涼多湿な気候下で泥炭化して湿原が形成され、約3000年前に太平洋に面した湿原になったのです。
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 約1000年前の擦文(サツモン)文化時代の頃も海に面していましたが、現在は海岸から後退しています。早い時期に於ける和人の来訪としては、安政5(1858)年に松浦武四郎が幕命による調査で釧路川を下って湿原を縦断した事が知られています。
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 明治時代以後は不毛な土地と看做されて開発が試みられましたが、昭和初期には自然保護の取り組みも始まり、昭和10(1935年に「釧路丹頂鶴繁殖地」として2700haが国の天然記念物に指定されています。
 大東亜戦争後は食糧増産政策の一環として湿地帯の一部が開拓され、昭和26(1951)年には北海道開発庁が『釧路泥炭地開発計画』を策定、牧草地を広げる事等を目的とした釧路川の直線化による土地の乾燥化が図られて、一部は農地・牧草地・住宅地に転用されました。
 一方、自然保護の試みも本格化し、昭和27(1952)年に「釧路のタンチョウ及びその繁殖地」として特別天然記念物に指定変更され、面積も2749haに拡大されています。また、昭和33(1958)年には、11523haが国指定釧路湿原鳥獣保護区(希少鳥獣生息地)に指定され、その内6962haは特別保護地区とされました。更に昭和42(1967)年6月に「タンチョウ」を地域を定めない種指定の特別天然記念物に指定変更され、同年7月には新たに「釧路湿原」が天然記念物の天然保護区域に指定し、その範囲は5011.4haとされました。
 続いて、昭和55(1980)年にはラムサール条約登録地となり、昭和58(1983)年に環境庁が「釧路湿原保全対策検討会」を設置、昭和62(1987)年には湿原周辺を含む約26861haが釧路湿原国立公園に指定され、湿原中心部は特別地域とされて開発は厳しく規制される事となりました。
 しかし、昭和22(1947)年には25000haだった湿原の面積は、平成8(1996)年には19000haとなり約3割少なくなってしまいました。釧路川の直線化の結果、川の流速が速くなった事が生態系に影響を与えた一因と考えられており、現在、湿原内では国土交通省や環境省等によって「釧路湿原自然再生プロジェクト」と称する自然再生事業が行われています。特に湿原上流部に当たる茅沼地区に於いては釧路川流路を再蛇行化させて自然環境の復元を図る事業が行われており、達古武地域に於いては森林・湿原・河川・湖沼と連続的に繋がる生態系の復元を図る事業が続けられています。令和4(2022)年にはゼロカーボンパークに指定されました。
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 他方、国立公園区域外となる周辺の土地は原野商法に利用されており、一部は地番図上では住宅地のように100坪単位で区切られています。令和2(2020)年以降に釧路湿原の周辺でメガソーラーの建設が進み環境が脅かされている事から、環境保護に取り組む地元のNPOが、過去に購入した土地を手放したい所有者から取得し建設を阻むナショナルトラスト運動を行っています。釧路市議の有志等は令和7(2025)年8月15日にメガソーラーの建設主体の一つである日本エコロジーに対し、メガソーラーの建設中止を申し入れましたが、日本エコロジー側は同年8月20日付で「工事は適法であり、要望受け入れは難しい」との見解書を釧路市長・市議や環境省などに提出しました。こうした状況の中、釧路市教育委員会が文化庁に対し、メガソーラーの建設によるタンチョウなどの生態系への悪影響を危惧しているとの意見書を提出。これについて阿部俊子文部科学大臣は「市教委が建設事業者に対し影響の確認を求める事が適当である」とコメントしています。
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 現在、湿原の中を釧路川が大きく蛇行しながら流れており、東側には塘路(トウロ)湖・シラルトロ沼・達古武(タッコブ)湖・エオルト沼・ポン沼・サルルン沼が並びます。湿原の中にも小さな湖沼が点在する外、泥炭層の小さな穴に水が溜まって底なし沼状になった谷地眼(ヤチマナコ)が各所にあります。
 植生は、ヨシ-スゲ湿原が大部分を占めますが、スゲ属が大きな塊となった物は谷地坊主(ヤチボウズ)と呼ばれて釧路湿原の名物の一つとなっています。この外、ハンノキ林やミズゴケ湿原もあり、食虫植物のモウセンゴケやコタヌキモも生育します。湖沼や河川にはヒシ・ネムロコウホネ等の水草が見られ、湿原内外で確認されている植物は約700種に及びます。
 動物は、鳥類200種程度・哺乳類39種・爬虫類5種・両生類4種・魚類38種・昆虫類約1100種が確認されています。日本最大の淡水魚であるイトウやキタサンショウウオなどの希少な動物も多く、人の活動が少なく餌が豊富なため、タンチョウ・エゾセンニュウ・ベニマシコ等の多くの鳥類の繁殖地・休息地となっています。タンチョウは夏季、釧路湿原を含む道東各地で繁殖し、冬には釧路湿原へ戻ってきて越冬します。哺乳類の内、蝦夷鹿は希少植物を食害したり、踏み荒らしたりしている面もあるため、環境省が頭数調査と試験捕獲を行っています。
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 勿論、羆もいます。
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 釧路市湿原展望台は湿原西端にあり、谷地坊主モチーフにしたヨーロッパ古城風の独特の建築デザインが特徴です。入場料は480円。
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 展望デッキからは360°の眺望が開けます。
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 釧路市街方面です。
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 太平洋も見えました。
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 探勝歩道にも行ってみました。
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 サテライト展望台からの眺望が絶好だそうですが、北斗遺跡〔史跡〕に繋がる道もある事が判ったので、バカネコ氏に車で北斗遺跡展示館へ先回りして貰い、遺跡まで一人で歩く事にしました。
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 この付近は湿原と言うより単なる森の雰囲気で、意外に歩いている人は少なかったです。
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 特に北斗遺跡へ向かう道を歩く人間は私だけだったので、羆が出ないかヒヤヒヤでした。
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 漸く北斗遺跡が見えて来て一安心です。
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《続く》
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