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2026年08月16日10:03

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この、イギリス人の少女の気持ちは、よくわかる。知らない街を歩くのは、ロマンだから。推薦

■行方不明のイギリス人少女(12)を保護 横浜市の交番訪れる
(TBS NEWS DIG - 08月16日 09:05)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8909586

学部時代に、鈴木一雄先生から、「現状維持が古典であり、現状打破がロマンである。」と教わりました。当たり前の話ですが、そのときのコンテキストがよほどよかったのか、とても、感銘を受けた思い出があります。

現状とは、身にまとわりついていくものでしょう。
先生は、180cmはあろうかという、大正生まれとしたら稀に見るであろう、大丈夫でした。今なら、バスケや大相撲のスカウトが門前市をなすというような体格です。
しかし、八人兄弟の末っ子で、他が姉だったから、畳の上に座ったことがなかった(姉に次から次へと交替で抱かれていた)ということを、嬉しそうに語っておいででした。

先生の場合、単位をいただいた者で知らないものはいないほど、繰り返しお話になられたので、それが幸せな記憶だったようです。
しかし、幸せであっても、身にまとわりつくものを一度は手放したいという心理もあるでしょう。ロマンというのは、確かに物語も含まれますが、先生の研究対象の『源氏物語』は、現在からみると、現状維持です。つまり、古典です。『源氏物語』がロマンであるのは、読者である自分が、恋愛に悩む平安の貴族であり、「紫の上やうなるきよらなる君、得てしがな、みてしがな…」と物語の世界にあこがれて逃避する場合でしょう。
古典中の古典の大家であったのに、ロマンの話が多く出ました。しかし、今となっては、よくわかります。

私は散歩が好きでした。
夜、世田谷区喜多見から、成城、調布市入間町、狛江市東野川、和泉本町…と深夜に回るコースです。
何かあるかもしれないが、結局は何もない。
それがわかっていながら、歩く。
最後は疲れて、コーポで寝る。目が覚めるといつもの自分の部屋である。
原点回帰のための散歩だったかもしれません。
これは、平凡な散歩ですが、非凡な人は、今までの記憶を切るものとして、散歩や恋愛関係などの冒険を設定しています。

そういう精神的な冒険の、一番、ふさわしい場は、外国でしょう。
ロレンス=ダレル
アレクサンドリアに居住した経験があるはずです。
しかし、どこまでもエキゾチックな都市でした。その、アレキサンドリアを舞台にした『ジェスティーヌ』で、
メリッサと同衾して、彼女が眠った後に目に入った、天窓の光がなぜか何回も思い出される。こういうことを言っています。

真空状態のような、意味づけを離れた場所を歩く(ダレルのようにその状況を何度も咀嚼する)のは、疑似的な死の感覚があるのかもしれません。
この物語は、メリッサと新しく始まる物語だと思います。だから、その前駆として意味づけを途切れさせる「死」が必要だったとも。

戻ってよかったですが、この十二歳の少女は、家族を愛していたからこそ、ふらふらと出歩いたのでしょうし、今回のことは、一生忘れない体験になったことでしょう。

それにしても、交番は、日本の誇るべき公共システムです。
権力嫌いの私も、交番は評価します。
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