昨日はまったり新聞三昧。
で、目に留まったのが、
「花山剣道会で児童ら指導 中村九十九さん 剣の道60年「技と心」伝え 27年3月で名前と同じ99歳に」
北区の花山小学校で活動する児童対象の「花山剣道会」に、この道一筋60有余年の指導役がいる。近くに住む98歳の中村九十九(つくも)さん。
今も胴着姿で稽古に参加し、子どもたちに「剣道は心」と口酸っぱく論調する。目標は、名前プラス1歳の100歳まで続けることだという。
中村さんは1928(昭和3)年3月、佐賀県で生まれた。
10代半ばで剣道と出合ったが、終戦によって断念。連合国軍最高司令官のマッカーサーが武道を「軍事訓練」とみなして禁止したためで、「一番良い年齢のときに剣道ができなかった」と中村さんは惜しむ。
20代前半で尼崎市に転居し、歯車の製造工場に就職。剣道が解禁され、32歳の時、仕事帰りに稽古を再開した。
70年代後半に現在の住まいに引っ越した中村さんは、知り合いに声をかけ、花山剣道会を86年に設立。花山小学校の体育館で活動を始めた。
「剣道の礼儀や作法、様式は人間を形成する」という理念をよりどころに自らを律し、花山小や谷上小に通う子どもたちを指導。「剣道が体や精神を鍛えてくれたからこそ、この年まで生きてこられた」と話す。
月に1回は稽古に参加 目標は100歳まで続けること
99年には、70代で会長に就き、13年務めた。現在は、中学生以上が参加する「剣禅一乃会」と合わせて約30人が在籍し、週4回、合同で練習を積んでいる。
指導役は、地域で暮らす元警察官ら11人。最年長の中村さんも、月に1回は顔を出して稽古をつけている。技術も伝えるが、心構えを教えることが多く、「背をまっすぐ伸ばし、心も体も中心からぶれてはいけない」と説く。
そんな中村さんに対し、子どもたちは「100歳近くなっても防具を着けて動けるのがすごい」と驚く。一方で「面を着けると年齢を感じさせないけど、面を取ると、優しいおじいちゃん」「絵が上手で字もきれい」と親しみも感じているという。
来年3月には99歳となり、名前と年齢がそろう。小学生の頃、「変な名前」とからかわれて改名を考えたこともあったそうだが、今はお気に入り。「一度会ったら、相手は忘れない。変えなくてよかった」と笑う。
・・・・・・
私はこの記事を見て、前の前の事務補助のm本さんを思い出しました。
とても腰が低くて、事務補助になる前(定年まで)は、きっと偉かったでしょうに、そんな偉ぶるところが全くなく、いつもニコニコさわやかに補助のお仕事をしてくださって、とてもありがたかったのです。
残念ながら70歳を越して雇うことが出来ないみたいで退職されたのです。
そのm本さんは、剣道の地域活動に大いに貢献。
たしか、退職と同時期くらいに表彰されたのでした。
わたし、m本さんが表彰状をもらわれたときに、記念に写真を撮っていたのです。
(撮ってて良かった!)
その写真が退職記念のアルバムのデータとしてとても意味あるものになったのでした。
↓
2023年03月16日の日記
「フォトブックのはなし(wさん)」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984615541&owner_id=4792539
↑
この日記、m本さんのことを書いてあるように見えながら、wさんへの不満がダダ洩れ(笑)
懐かしいなぁ〜。
実は、m本さんと私はラインで繋がっているんだよね(#^^#)
(たぶん職場では私だけ)
というのも、送別会のときの写真を送るから友達になってください〜と最終日にお友達に。
ということで、上記のこの記事をm本さんに送信しました。
すると、お返事がありました。
お元気そうです。
今もまだ、地域の代表として現役で活躍されているそうです。
先日、何かの大会を開催されたのだとか。
(来賓には市長が来られたそう)
それはナイス!!!
剣道といえば・・・
我が弟は3年生から中学3年までやっていました。
父の同僚が梅中の前で雄心館という道場を主宰していて
父と母の強いススメがあって始めたのです。
剣道は冬の寒い日も裸足。
私は女の子だったからかなぁ。
両親からはやれとは言われなかったです。
(日舞・珠算で忙しかったからかも)
ε-(´∀`*)ホッ
毎年しもやけに悩んでいたので剣道はとてもとても
もひとつ、剣道といえば・・・
私の前の英会話の先生リンディは警察が大好き。
↓
2022年07月24日の日記
「警察グッズのはなし for リンディ」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982852715&owner_id=4792539
警察ラブのリンディの思いが生駒警察署にまで届き(笑)
警察署内の剣道教室に参加できることになったようです。
良かったね、リンディ(⋈◍>◡<◍)。✧♡
ログインしてコメントを確認・投稿する