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2026年05月04日18:49

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海原雄山ごっこ 明治以降の食事8 男性文化の「女子ども」への拡大。3

男も女も、みんなが食べられるような食事になると、
出汁や素材のクオリティを考える、あるいは全然考えないようになります。

レシピが平準化されるからです。
外国に行って、internationalというものを飲むとわかります。たとえば、ウィスキーは水のように入っていくものです。禁煙する前にのんだタバコは、ゴロワーズなどはドクダミのような味でしたが、internationalだとされるものは、味の抵抗がないものでした。

食事も、
みんなが欲しがる食事のレシピで作れば、なんでもいい。
普通に作って、素材のクオリティを上げる

の二つに分化します。
前者の典型は、ちょっと前の田舎の結婚式場の飯です。
みんなが欲しがる食事のレシピとは、凡庸なものです。
刺身は、赤身、イカ、エビ
天ぷらは、エビ、イカ、キス、シシトウ
煮物は、里芋、レンコン、かぼちゃ、鳥もも肉、シイタケ、さやえんどう
なめこの味噌汁
これには、所得の低い人が客だったということも見逃せません。そして、普段は家庭の主婦である人など、ごちそうを食いつけていない人は大喜びだったでしょう。

結構なことですが、かなりの店が、エビ天さえあればいい、というような形式主義に陥ったと思います。
誰もが支持するもの、形式から入ったものは、摩擦がないから、最初はよくても沈む(澱む、腐る)宿命にあります。
みんな、北朝鮮などの独裁の危険性を指摘しますが、その本当の弊害は、金一族などの利益を図って他を抑圧するということよりもむしろ、変化しないものは腐るという点にあるのではないでしょうか。早い話が政治的ドグマです。政治的ドグマはトップより下に対して固定的に働きます。だから、北朝鮮の残虐な行為は、金一族ではない一般の官吏に目立ちます。

一方、すでに完成されているレシピは、いい意味で見直されます。
ルネッサンスという現象です。
三倍醸造の酒を酒販店が夏場に店の外にほったらかすなどあれだけひどかった日本酒が、あれだけうまくなったことなどが連想されます。
酒の作り方は獺祭のようにバイオを利用したものを含めて、変化していません。同様に、浅草の来々軒で完成したラーメンも変化していません。

来々軒の醤油ラーメンを作った人は、天才です。
チャーシュー、メンマ、海苔、鳴戸
これ以上の具はないです。

スープも完成されていますが、よい鶏ガラを丁寧に掃除して、よい煮干しを使えば、無限にうまくできます。

レシピが平準化したからこそ生じる工夫。それは、料理の全ジャンルにあります。階級制が崩れたからこそ、いろいろなものの真価が露呈するのでしょうね。

…もっと書こうと思いましたが、ひどい風邪です。苦しいので、またにします。
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