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2025年12月15日09:56

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日々の記 公益財団法人無窮会東洋文化研究所の『萬葉代匠記』ひょっとすると…

昨日は、研究所でした。
契沖の『萬葉代匠記』を発見。どう見ても、手書きです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E8%91%89%E4%BB%A3%E5%8C%A0%E8%A8%98

この書物は、空想や自分の好みではなく、実証的に万葉集を解釈したもの。方法論が非常に近代的です。そういう意味で、学問としての古典研究の魁(さきがけ)にあたる名著です。学問としての国文学研究は、ここから始まったのでした。しかも、拾遺(書ききれなかったもの)。つまり、今の契沖全集に取られていないものです。

世間の人が知らない文献をみたことがあります。福生の旧家の蔵にあった、松尾芭蕉の書簡です。ただ、泊めてもらったお礼(芭蕉一行が旅をすると、庄屋の家など旧家に同好の士が集まって連歌を巻く。旧家は、名誉なことだから泊めてご馳走を並べるなどしてもてなす)の書状です。だから、そんなに価値はないです。

契沖が後から気が付いて、『萬葉代匠記』に補足したことは、とてつもない価値があります。これは、ひょっとするとひょっとするか…と思いましたが、
目録には「写」とあります。なんだ。世紀の大発見をするところでしたが、違ったか。

そして、電車の中で
「「写」と書いた御仁が間違えた可能性がある。まさか、契沖本人が書いたのではないだろうと考えたかもしれない」
と思いました。Y城先生、I田先生など無窮会の名誉教授は、そういうまちがいはしませんが、前の世代。結構、粗忽な人がいました。
よし、契沖の筆跡を調べにいこう。
それから、研究所仲間と飲みに行って、昨日は終りました。

ところが今朝になって、
ネットがある!
と気づきました。で、ネットを見たら、契沖の真筆とされる書は、昨日の『萬葉代匠記』拾遺の筆跡そっくりです。う〜ん。筆跡鑑定をしてもらわないと。
国語学は、語群と語族と語派、方言、文法やシンタックスや仮名遣い、敬語、音韻、国語史、国語学史、国語改革、語誌、字音語(漢語)、書道、表記と書誌学…といった広い部門を持ちます。書誌学は最も苦手なところ。まず、Y城先生だな…
というところまで考えています。

契沖は、国語学の教科書どころか、大学入試の日本史の資料集にも出てきます。
私も、年々、契沖が重要だと思うのは、最近、ウソツキが増えているからです。
空想と事実とを区別できない人が多くなっている。
だから、参政党のような一部政党が支持されている。自分の弱みを共有する政党だからです。自分と同じ境遇で育ったり、同じ趣味を持つ人にシンパシーを感じるのと同じです。

また、空想と事実を区別できなくても生きていける仕組みになっています。
早い話が、新興宗教。
同じ空想を持つ人が生きていけます。庭野日敬は、立正佼成会の人は、電車に乗って同じ立正佼成会の信者の八百屋に買い物に行く、家を建てるときは、立正佼成会の棟梁に頼み、その棟梁は立正佼成会の左官を使う…というシステムを考え、そのシステムは、宗派を超えて、全新興宗教に広まっています。
これが新興宗教の重要な一面です。食っていけるし、彼女までできる。
極楽極楽、南無阿弥陀仏(もとい、南無妙法蓮華経)

経済という生きる基盤すら与えられています。だから、同じような思想、たとえば、地震兵器の影響で東日本大震災が起きた…という空想を共有して生きることは、簡単です。

また、自分が偏狭な党を支持しているとします。
それが排外的な党派であれば、パソコンを開けば、中国人が悪いことをした…というニュースが飛び込んでくるように、できています。そいつにとっては、参政党や保守党が全てと思うでしょうね。

こういう時代だからこそ、空想と事実を区別する(構想は空想でいいが事実として提示してはいけない)という態度が大切です。
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