今後の展望についてです
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今回は、ダイクシスについても触れました。
「明日」が、ある時は12月14日を、ある時は1月1日を指すような言葉の使い方をダイクシス(deixis)と言います。
ところが、ダイクシスの意義は、少なくとも最もダイクシスが問題になる和歌では、語られてきませんでした。
今回の論文は、
『雨月物語』の「白峰」についてです。
恨みを飲んで死んだ崇徳院の亡霊が復讐をして、源義朝は部下に裏切られて殺され、信西入道はさらし首になった。
崇徳院の亡霊と話をする西行は、熱心に成仏を勧めるが聞き入れない。
そこで、
よしや君昔の玉の床とてもかからんのちは何にかはせん
という歌を詠んだら、崇徳院は成仏した。
西行は、
「たとえ君には昔は金殿玉楼におすまいになっていたとしても、こうしておなくなりになって現世をはなれているいまでは、そんな現世の身分や優越感は何もなりません。御往生下さい」
というつもりで詠んだのですが、
しかし、崇徳院は、
「あなたは王者でしたが、そこでの心残りや辛酸に対して、十分に復讐したのだからもう王者の地位に執着しなくてもよいではないですか。」
と受け取った。だから満足して成仏したというのが、論文の柱の一つです。
…ここで考えているのは、全ての言説は、ダイクシスではないかということです。
同級生と学生時代を語り合っても、共有しているその時代像は違います。
今井むつみ(認知心理学者、慶応大学教授)は、
同じ図形を見せてその図形をできるだけ正確に再現してもらう実験をすると、
「c」という言葉を聞かせた場合、Cに似て、
「三日月」という言葉を聞かせた場合、三日月ににてしまうという例を挙げて、
記憶を再現するときにもスキーマによるバイアスがかかるとしています。
同じではないです。同じものは、ある図形を想起するというプロセスや制度であり、それが同じだからこそ、ズレが現象します。
だから、
1 テーマの共有には、ズレがつきものである。
2 ズレているからこそ、既知の事実をコミュニケーションする意義がある。
3 2は、自分に対する不安や葛藤などが原動力となる。
(本当にツヨいヤツは、友達を持ちません)
4 そのズレの見やすい見取り図を作るのは、小説の場合、一人称主語である。つまり、ドイルがワトスン博士になってホームズをかたることである。
(語り手は、ホームズのコカイン中毒を批判的に描写します)
何のことはない。
千五、六百年前の、『金剛般若波羅蜜多経』と同じ内容です。
一切有爲法 如夢幻泡影
如露亦如電 應作如是觀
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