「不登校」 安發 明子
フランスで義務教育の「義務」は国に対してのものです。
義務教育は国がすべての子どもの学びを保障しなければいけないという義務です。
一方で、日本では「親」です。
日本:
保護者が子どもに普通教育を受けさせる義務を負う
フランス:
国には,教育を保障する義務がある。(国の同一年齢人口のすべての者に対して一定の到達水準の教育を提供する義務。)
子どもには、教育を受ける権利がある。
https://www.mext.go.jp/.../chukyo0/toushin/05082301/018.htm
この責任のありかの違いはとても大きな、「親をすることの経験」の違いを生むと思います。
「3人の子どもが全員不登校で、どこにもつながっておらず、ネット上で友達をつくる中で心配なつながりが増え、心配で眠れない...」
「一般のアルバイトでなかなか採用されず、ネット上で怪しいアルバイトを見つけて稼いでいるのが心配」
「ひきこもりの状況で親に反抗的で辛い」
「学びの多様化学校」なんてない地域もたくさんあるわけです、
文部科学省のホームページに「不登校は決して問題行動でありません」と書いてあること、学校の役割や意味が曖昧になっている中で、子どもが学校に行かないとき親はそれを受け入れた上で行動する責任を担わされ、結果学校に行かない結果の責任を引き受けるのが子どもという状況があります。
この夏日本で複数のひきこもり専門支援機関を訪問させてもらいました。
13歳からの若者を対象としているところは、ひきこもりの始まりは不登校であることが多いと話していました。
支援につながるのはひきこもりの状況になってから平均5年。
その間に母はうつ病になり父は別居し、子どもは強迫性障害でいつ母を殺してもおかしくない状況になったりしていて、それくらい悪化してからつながることが多いそうです。
長い間家族全員が苦しんでいます。
このようなことを書くと個人メッセージで「そんなことはない、元気で幸せな不登校はたくさんいる」という文面がたくさん届くのですが、一人にとっていいことが必ずしも他の人にとっていいとは限りません。
困っている人がいる時点で、困らないようにする社会をつくろうとすることが自己責任ではない社会をつくることだと思うのです。
親だけに責任をおわせ、子どもの育ちが不確かな状況から、子どもの育ちをしっかり支えられる社会をつくりたい。
そのために「学びの多様化学校」だけでは解決できないと思っています。(フランスにフリースクールはない)
たとえば..
- 子どもが教育を受けられる権利を守る
- そのために数日の欠席から学校のスクールソーシャルワーカーか教育センターなどが対応(フランスは月2日の休みから)
- 代替の学校であっても教育内容、質を国が保障
- 在宅教育支援『ターラの夢見た家族生活』のように学校に行かない場合の公的予算によるサポートが保障されるようにし、子どもを一人にしない、家族を孤立させない
どんなことがしていけるでしょうか
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