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2025年07月22日21:52

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「産業ロック」なる概念を流布させた人、か。

ロッキング・オン・グループ代表・渋谷陽一さん死去 74歳 2023年に脳出血発症 リハビリ続けるも「74年の生涯を終えました」【報告全文】
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8402140
音楽評論家で、ロッキング・オン・グループの創業者にして代表取締役会長の渋谷陽一、亡くなる、ですか。今月14日に亡くなったとのことで、脳出血で闘病中に誤嚥性肺炎を併発していたとか。グループのサイトにアップされた「報告」によると、
ロッキング・オン・グループ代表 渋谷陽一逝去のお知らせ
ロッキング・オン・グループ(株式会社ロッキング・オン・ホールディングス、株式会社ロッキング・オン、株式会社ロッキング・オン・ジャパン)代表取締役会長渋谷陽一は、7月14日(月)に永眠いたしました。
ここに生前のご厚誼に深謝し、謹んでお知らせ申し上げます。
渋谷は2023年11月に脳出血を発症し、緊急入院いたしました。手術後は療養を続けながらリハビリに取り組んでおりましたが、今年に入り誤嚥性肺炎を併発、74年の生涯を終えました。
1972年に20歳で『rockin’on』を創刊した渋谷は、音楽評論家・編集者・ラジオDJ・フェスプロデューサーとして多方面にわたり活動してまいりました。渋谷の活動を応援してくださった読者・参加者・各関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
なお、葬儀は故人の意向により、近親者のみで執り行いました。誠に恐れ入りますが、御香典・御供花・御供物・御弔電につきましては辞退申し上げますことをご了承ください。
2025年7月22日
ロッキング・オン・グループ
とのことですが、高校在学時からロック誌への寄稿を始め、18歳の時にグランド・ファンク・レイルロードのレコード評で音楽評論家としてのキャリアをスタート。20歳にして岩谷宏、橘川幸夫、松村雄策を中心にミニコミ誌として『rockin’ on』を創刊、その翌年に商業誌にグレードアップ、音楽評論家、雑誌編集者に加えてNHKFMでラジオDJを務め、英米のロックを積極的に紹介と、若い頃から道を開拓した人だったようです。
そうした中、渋谷陽一はあるFM情報誌に「産業ロックへの挑戦状」なる記事を寄稿、当時米国で活躍していたフォリナー(Foreigner)、ジャーニー(Journey)、スティックス(Styx)、REO・スピードワゴン(REO Speedwagon)といったあたりについて、商業的な成功を目指して、大衆の好みに合わせた旋律とアレンジからなるロック音楽を「巨大で古めかしい」と批判的なスタンスで指し、「産業ロック」と定義したことで、賛否両論を巻き起こした存在ともなりました。当時のNHKFMの渋谷陽一MCの番組で、何だか矢鱈に理屈っぽい内容の解説を耳にした記憶がありますが、大学時代の知人にも渋谷陽一について批判的に見る人がいたものでした。
その後、邦楽専門の音楽誌『ROCKIN'ON JAPAN』等を数々の雑誌の創刊や書籍を手掛け、2000年からは『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』等の音楽イベントの総合プロデューサーも務め、業界人の大物の一人として存在感を示して来たようで、NHKFMのラジオDJも一昨年に脳出血で入院するまで続けていたようです。
享年74とのこと。合掌。
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